「聞きましたわよ!」

部屋のドアを開けたら、ナタリアさんがいた。
何でだ。

「…お、おはようございます、ナタリアさん…」
「ええ、おはようございます。ですがナマエ、私は朝の挨拶をするために三十分前からあなたの部屋の前で待機していたわけじゃありませんわ!」

この朝早く、三十分前から待機してたんですか。
わたしの呆れたような、白けたような視線を受けて、ナタリアさんの後ろに控えていたティアさんが肩を竦める。
そんな彼女とは対照的に興奮した様子を隠さないナタリアさんは、細い腰に手を当てて胸を張り、わたしを指差した。

「ナマエ、ガルバンゾ国の舞踏会に行くと聞きましたわ」
「えっ、な、何で知ってるんですか?」
「アンジュから依頼されましたのよ。あなたをどこに出しても恥ずかしくない、立派なレディにしてほしい、と」

わざわざ依頼するようなことじゃない。しかも、ライマ国の王女様に。
微妙そうな表情を浮かべるわたしに気付かずに、ナタリアさんは一人盛り上がる。

「まずは礼儀作法からですわね。とりあえずティア、あれをナマエに」
「ええ、どうぞ」
「…靴?」

ティアさんから渡されたのは、きれいな紙に包まれた靴だ。
淡いピンク色のその靴は年端もいかぬ少女の足元に相応しい可愛らしさをしている。少々ヒールが高めで歩きにくそうだけれど、こうして眺める分には素敵な靴だった。

「…ええと…これは?」
「それは私からのプレゼントですわ。急遽用意した靴の中では、一番ナマエに似合うと思いましたの」
「えっ、これが?…じゃなくて、や、でもわたしこんなにヒールが高い靴は履けな…」
「何を言っていますの!その靴は一般的なレディが舞踏会に履いて来る靴としては、一番ヒールが低いものですわ」

マジでか。思わず素のわたしに戻って呟き、手元の靴を見下ろす。
雑誌で見たような、モデルさん達が履いていた靴よりは、確かに低い。けれどわたしは残念なことに、ヒールが高い靴なんて履けないのだ。
友達に借りて試しに履いてみたけれど、少し歩いただけでもう二度と履かないと決意した。それ以来、こんな風にヒールの高い靴はずっと履いていなかったのだ。
ルミナシアに来てからは高校生活ですっかり履き慣れたローファーか、こちらで新たに買ったローファー。つまり今のわたしはローファーしか持っていない。花の女子高生だと言うのに、何て寂しい下駄箱事情だろう。学校なんて行けていないのに、まるで学校が大好きみたいだ。

「も、もう少しヒールが低い靴じゃ駄目なんですか?」
「駄目ですわ!これでもギリギリですのよ?」
「そんなあ…!」
「大丈夫よ、履いている内に慣れてくるわ」

わたしがあまりに情けない表情をしていたのだろう、眉を下げたティアさんのフォローのような言葉に思わず口元を引きつらせた。
つまり、それは。
きりりと瞳を吊り上げたナタリアさんは白い手袋に覆われた指先で、わたしに宣告した。

「舞踏会までの約一ヶ月間。依頼に行く時以外はずっと、この靴を履いて過ごしなさい!」

もはや死刑宣告である。


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