プリンの上に乗ったさくらんぼを取り、口に放り込む。甘いシロップの味がするさくらんぼに頬を緩ませた。ここ数日間、部屋に引きこもっていたせいでおやつなんて食べていなかったのだ。とてもじゃないけれど、食べられるような精神状態ではなかったし。
幸せの最中にいるわたしを、イリアさんが呆れたような目で眺める。

「なーんか、拍子抜けよね。こんなんでも、一応はディセンダーなんて」
「だからイリアさん、わたしはディセンダーじゃありませんってば」
「はいはい。たまたま、偶然、ディセンダーの力を手に入れちゃっただけね」

わたしの抗議を適当にあしらったイリアさんは、プリンの最後の一欠片を口の中に放り込んだ。それを不満そうに見るわたしに、正面に座るカノンノがおろおろとわたし達を見比べている。

「ま、ナマエがディセンダーであろうとなかろうと、特に関係ないわね。最初から危なっかしくて期待もしてなかったし、これからも当てにしないどくわ」

彼女はそれだけ言うと、さっさとお皿を片付けて食堂を後にした。
本当のことだし、期待しないでくれる方がわたしもありがたい。だけど、やっぱりちょっと、悲しい。この力を得たことが偶然なら、もしかしたら他の人がこの力を授かった方がよかったんじゃないだろうか。わたしのように世界を背負いたくなくてディセンダーの名を否定する奴より、もっともっと相応しい人がいただろうに。

「私は、偶然なんかじゃないと思うよ」

いつの間にか、スプーンを持つ手が止まっていたらしい。
俯きがちだった顔を上げれば、カノンノは花のように柔らかな笑顔を向けてくれた。

「だってナマエ、優しいもん。きっと世界樹は、ナマエみたいな優しい人に、ディセンダーの力を使ってもらいたかったんだよ」

カノンノの笑顔が、胸に突き刺さる。
わたしは、ディセンダーになんかなりたくない。世界だって命だって、わたしには重くて背負えない。でも、誰かに必要とされたい。この世界に存在する意味が、わたしにはわからない。
スプーンを握りしめる。カノンノがはっとしてわたしを見て、悲しげに眉を下げた。

「わたし、どうすればいいのかな…」

呟いた言葉は、不思議と震えていた。
ルミナシアのために在りたい。けれど、ディセンダーになりたくない。
セルシウスに言われるまま、ディセンダーとしてヴェラトローパに行けばいいのか。でも、きっとあの人は悲しんでいる。わたしがディセンダーであることは、きっと彼女を苦しめている。
震えて揺れる息を吐き出せば、いつの間にか隣に来てくれていたカノンノが優しく背中を撫でてくれた。

「ナマエは、ナマエのしたいようにすればいいと思うよ」
「…セルシウスも、そう言ってた」
「うん。きっとセルシウスも、ナマエがディセンダーの力を持っていることを知らないまま、たくさんの人を助けてきたことを知ってるんだよ。だから、ナマエはナマエのままに在ればいい」

そうだろうか。彼女は、そこまでを思って、あんなことを言ったのだろうか。
カノンノの肩にもたれかかる。ざわざわと落ちつかない胸は相変わらずだけれど、少しだけ白い靄が晴れた先に、光が見えてきた気がする。

「…そう、だよね。わたし、ディセンダーじゃないもの」
「…うん」
「みんなが望む救世主にはなれないけど、今までみたいに、この手が届く人を助ける。世界とか、そんなものは救えないから…。だから、その代わりに手を伸ばすよ」

この冷たい手が、届くのなら。
カノンノは複雑そうな色で微笑んだ。わたしは曖昧に、それに笑い返す。
本当はわかってる、彼女はわたしに世界を救ってほしがっていることに。でも、わたしにはそんなこと出来ないから。
背中を撫でる温かな手を柔らかく外す。
もう大丈夫だと言おうとして、かつん、と言う音が聞こえた。
不思議に思って机の下を覗いて見れば、涙の形をした小さな石が落ちていた。それを拾い上げてみれば、カノンノが不思議そうに首を傾げた。

「綺麗な石だね、キラキラしてる」
「あれ、カノンノのじゃないの?」
「え、違うよ?」

二人して首を傾げる。
薄い白をしているその石は、カノンノの言う通り綺麗だ。それにしても、どこかで見たことがある気がする。

「うーん…」
「もしかしたら落とし物かもしれないし、ナマエが持ってなよ」
「うん、そうする…」

明かりに透かせば、微かに向こう側が見えた。
その石をポケットにしまい、目を擦る。涙に濡れていると思ったけれど、そんなことはなかった。睫毛に少しだけ残る涙の粒を拭う。大分視界がぼやけていたような気がしたけれど、泣かずにはすんだようだ。
それにしても、わたしはこの石をどこで見たのだろう。


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