後ろ髪を引かれるような顔をしたアッシュさんがルークさんに続いて席を外し、必然的にわたしとナタリアさんだけになった静かな食堂で、彼女がぽつりと呟いた。

「ナマエの淹れてくれる紅茶は、いつもおいしいですわね」
「お城のメイドさんには敵いませんよ」
「そんなことありませんわ。ナマエさえよろしければ、いつでもライマ国の城で雇わせていただきますわよ?」

そう言って笑うナタリアさんは、どこか寂しそうだ。
アッシュさんとルークさんと彼女は、幼なじみらしい。そして王位第一継承者のルークさんとナタリアさんは、婚約者。
けれど、わたしにもわかる。彼女の瞳が追っているのは、婚約者のルークさんじゃない。

「ごちそうさま。とてもおいしかったですわ」

どこかで読んだことのあるような、悲劇の恋物語のよう。
けれどその渦中の本人達にとっては、まるで物語のようだなんて思えないだろう。元気をなくした笑顔で食堂を後にしたナタリアさんを見送る。
残された二つのカップを眺め、ため息を吐いた。





ルークさんとアッシュさんはライマ国の王位継承者で、剣の師匠と修行の旅をしていたらしい。
しかし、ライマ国で暴動が起こった影響で、なるべく安全な場所に身を隠すためにこの船へやって来た。
わたしが謹慎を受け部屋に閉じこもっていた間の出来事だったらしい。そう教えてくれたのは、二人が失礼をしたとわざわざ謝罪しに来たヴァンさんだった。

「あの二人は周りに対等に話せる同年代の者がいなかったせいか、このギルドでも浮いてしまいがちだ。どうか君によろしく頼みたい」
「え、えと、いや、それはもう、ぜひ…」

ヴァンさんに軽く頭を下げられ、慌てて頷く。
いや別に、それは構わないけれど、何故わたしに言うのだろうか。よりにもよって、わたしに。
ただでさえ異世界人というイレギュラーで、謹慎中で、リーダーともぎくしゃくしたままの、このわたしに。
そんなわたしの心の内がわかったのか、ヴァンさんは軽く目元を緩める。

「ルークが、君の話をしていたからな」
「…わ、わたしの話?」
「ああ、」

船の外から鋭い音が聞こえた。
アンジュさんに謝ろうとしていたというか、様子を窺おうと思っていたというか、とにかく生憎彼女が席を外したホールにいたわたしとヴァンさんが揃って振り向いた。
何かを言いかけるように口を開きかけたヴァンさんが、甲板に繋がる扉を見ておかしそうに口元を緩めた。

「行ってやってくれないか」
「え?」
「甲板で、ルークがクレスとロイドと剣の手合わせをしている。あの様子では、誰か怪我をしていそうだ」

それなら、確かにわたしの出番かもしれない。
杖は持っていないけど、軽い治癒術ならそのままでも使えるはずだ。感覚が鈍っていなければいいけれど。
ヴァンさんを窺いつつ、頭を下げて甲板に急ぐ。そろりと扉を開けてみれば、中央で競り合うクレスさんとロイドさん、そして大きく床に寝そべる赤い髪の、ルークさん。

「ルークさん!だ、大丈夫ですか!?」
「…っ、うるせえ!耳元で喚くな!」
「すっ、すみません!」

心配して駆け寄ってみたが、ルークさんは全然大丈夫そうだ。頭を押さえるようにするルークさんが起き上がろうとするのを支え、こめかみに手を添える。

「…ファーストエイド」

感覚はなくしていなかった。淡い光がルークさんを包み、消えていく。
ほっと息を吐けば、目を丸くしたルークさんがわたしを見ていた。痛みが引いたらしい頭をさすりながら、気まずげに視線を泳がせる。

「…本当に戦えんだな、お前」
「え?はい、一応は…」

戦うと言っても、わたしはほぼ回復や補助担当だし、みんなの後ろで攻撃魔術を詠唱するだけ。
やっぱり頼りなく見えただろうか。下働きのメイドさんみたいな仕事の方が、みんなの役に立てるだろうか。

「…その、助かった」

いつも通り後ろ向きな思考にはまりかけていた頃に、ルークさんがぽつりと小さく呟いた。
俯いていた顔を上げてみれば、ちょうどルークさんと目が合う。耳まで赤くした彼は、わたしが口を開ける前に勢い良く立ち上がった。
背後で、さっき聞こえた音がした。

「うわあ!」
「ロイドさん!」
「いてて…!全く、クレスも容赦ないぜ…」
「そんなことをしたら、こっちがやられてしまうからね」

クレスさんとロイドさんの手合わせは、どうやらクレスさんが勝利したらしい。腕を押さえるロイドさんに駆け寄り治癒術をかければ、笑顔でお礼を言われた。
甲板に落ちたままの二本の木刀を拾ったクレスさんが、汗を拭いながらこちらへやって来た。
どうやらさっきの音は、木刀が弾き飛ばされた音だったらしい。

「さすがですね、クレスさん」
「何とか勝った、という感じだよ」
「よく言うぜ…」
「ちくしょー!もう一回やるぞ、クレス!」

ルークさんがクレスさんを引きずり、甲板の中央へと踊り出た。
ヴァンさんは浮きがちだと言っていたけれど、この船でそんな人はいないと思う。このアドリビトムのみんなは、誰も彼もお人好しだからだ。
クレスさんも、ロイドさんも、カノンノも、アンジュさんも。
アッシュさんとルークさんと、ナタリアさんの関係だって、きっとこの船にいる間に変わっていくはずだ。変わっていくに決まっている。
わたしと、アンジュさんだって。


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