「精霊の居場所は特定出来たみたいだけど、船を降ろす場所が見つかってないの」

少しだけ苦い紅茶は、カノンノが淹れてくれたものだ。
ベッドに座りお茶会をするわたし達を、彼女の親代わりをしてきたロックスさんが見れば卒倒してしまうだろう。内緒だと笑い合い、膝に置いた苺のショートケーキにフォークを刺す。

「そっか…」
「うん。やっぱり、ナマエが会った…ラザリス、のことは、精霊に聞いた方がいいってアンジュさんは思ったみたい」
「…生まれるはずだった世界、か…」
「どういう意味なんだろうね…」

あの少女のことは、アドリビトムに大きな衝撃を齎した。わたしはあまり部屋の外にも出れていないけれど、お見舞いに来てくれる人はどこかピリピリとしていた。
生まれるはずだった世界という言葉の意味は、わたし達にはわからない。
それならやはり当初の予定通り、ミブナの里の文献を解読して精霊に聞くべきだと、アドリビトムの方針は決まった。
精霊はこの世界の人間達より先に誕生しているらしい。それなら、生まれるはずだった世界という言葉の意味も、何か知っているはずだ。

「…何か、その、ごめんね。こんな、スパイみたいなことさせて……」
「そんな、気にしないでいいよ。確かに私もナマエに無茶はしてほしくないけど、何も知らないままは嫌だよね」
「うん…」

アンジュさんは今回のことに大分腹を立てたらしい。あれから数日が過ぎたけれど、未だに謹慎を言い渡されてから彼女と顔を合わせていない。
そしてアンジュさんにきつく言われているのか、誰もわたしに今の現状を教えてくれない。みんな二言目には、無茶をするわたしが悪い、と。
わたしが悪いのはわかっているけれど、腫れ物を扱うように何も知らないままは嫌だ。そうカノンノに訴えれば、躊躇いながらも優しい彼女は現状を教えてくれるようになったのだ。

「…アンジュさん、やっぱり怒ってるよね…」
「うーん…。確かに、最近機嫌は悪いみたい…」
「だ、だよね…」

謝った方がいいよね。そう呟いたわたしの隣で、カノンノは気まずそうにしながら頷いた。
とはいえ、今更何と言って謝ろうか。無茶してごめんなさい、もうしません。とは、言えない。
空のお皿をベッドの端に寄せ、寝転がり頭を抱える。カノンノが宥めるように頭を撫でてくれるのに甘えつつ、大きくため息を吐いた。

「仕方ないから、しばらくは大人しくしてる…」
「うん、私もそれが良いと思うよ。多分、精霊に会いに行く依頼が終われば、アンジュさんも謹慎を解いてくれると思うから」
「精霊、かあ…」

クラトスさん達とミブナの里に行ってから、一度でいいから精霊という生物に会ってみたかったのに。
拗ねたようにそう思いつつも、結局はわたしの自業自得だ。また、ため息を吐く。

「…とりあえず、仕事はさせてもらおうかな」

風に靡くシーツ、紅茶の香り、埃と土の匂い。
その全てが懐かしくて、恋しかった。
カノンノが空になったわたし達の紅茶のカップを手に立ち上がろうとしたのを引き止める。
首を傾げたカノンノに、ベッドに寝転がったまま彼女を見上げ、苦く笑った。

「わたしの仕事、取らないで」


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