それから少ししてから、ようやくジェイドさんは目を覚ました。
さすがに二人分の衝撃を受けたダメージは酷く、わたしとアンジュさんの精神力が切れる寸前まで治癒術をかけ続け、ようやく動けるようになった状態だ。
しかし、当の本人と言えば、わざとらしく腰をさすり。

「いやはや、年頃の女性にこういったことを言うのは酷かと思いますが…二人共、ダイエットしましょうか」
「あ、あれは衝撃の勢いです!私達の体重なわけがないでしょう!」
「ちょっ、アンジュさん落ちついてー!」

こんな調子だ。
いつもの冷静な彼女はどこにいったのか、今にも疲れた体に鞭を打ってはジェイドさんに突っ掛かっていきそうなアンジュさんを必死に宥め、ため息を吐く。
ふと視線をやれば、奥の広間にはまだ彼らが倒れたままだ。
先程見た時よりも侵食が進んだその姿は、ジョアンさん達よりも人間から遠くなっている。呼吸のために背中が揺れることがないその姿は、確かに生物のように思えなかった。いつかの、コクヨウ玉虫を思い出す。

「…次は彼らの番、ね」
「アンジュさん…」
「ええ、そうですね。いくら何でも、このままここに置いて行くわけにはいきません」

アンジュさんが立ち上がり、毅然とした姿で彼らに歩み寄る。続いて立ち上がろうとするジェイドさんをさりげなく支え、わたし達も後に続いた。
啜り泣くような声は、絶えない。

「…アンジュさん、彼らをどうするんですか?」
「普通に考えて…船へと連れ帰った方が良いんでしょうけど」

アンジュさんが困ったようにため息を吐く。
それに釣られるように、ジェイドさんもため息を吐く。支えるわたしの腕をやんわり外すと、彼らのすぐ側で足を止めた。

「話を聞く限り、ジョアンさん達はこうした姿になったあと、故郷の村で暴れたんでしょう?」
「船で暴れられては困りますからねえ。出来れば手荒な真似はしたくないのですが、やはり拘束して…」
「でも、今下手に刺激して彼らが暴れ出したりしたら…私達だけじゃ対処出来ないわ」

確かに、わたし達三人の中でまともに戦える人はいないだろう。
先程の戦闘で大分体力も消費しているし、わたしとアンジュさんは精神力も使い果たして術も使えない。ジェイドさんは今は傷が癒えているとはいえ、所詮は応急処置のようなもの。
どうしたものか、と頭を抱える二人を横目に、わたしはただ、彼らを眺めていた。
意識はあるらしいけど、どうやら自力で動くことは出来ないらしい。信仰していたディセンダー、つまりあの少女に裏切られたことが、相当のショックなのだろう。
啜り泣くような声と、かつりかつりと何かが落ちる音。手の中の、涙型をした石屑を見る。透明のそれは宝石と呼んでいいほど美しかった。

「そういえば、ナマエ。あなたが前にジョアンさん達を元の姿に戻した時は…」

ふと顔を上げたアンジュさんの言葉が、不自然に途切れた。
冷たい床に杖を置き、それよりも冷たい、彼らの手に触れるわたしに気付いたからだろう。
胸の奥から溢れる衝動のまま繋いだ手を、赤く、濁った瞳が見る。冷たいその手を労るように撫でて、少女の手の冷たさを思い出した。
繋いだ手の隙間から漏れ出した光は、前に見た時よりも弱々しく見える。
流れ込む痛みは、それほどじゃない。唇を噛めば堪えられる程度。
それは確かに、あの子の言う通りだった。

「待って、ナマエ…!」

わたしを止めようと手を伸ばそうとしたアンジュさんが、ジェイドさんに止められるのが視界の隅で見えた。
彼らの手が温かさを取り戻したのを感覚で理解する。
それと比例するように、わたしの手はより冷たくなったような気がした。


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