アルマナック遺跡の奥には、目を見張るくらいに豪奢な寝台が置かれていた。白い布で覆われたその前に、彼らは這うように跪ずいている。泣いているのか恐ろしいのか、その鈍く輝く背中は震えていた。かつんかつん、と音がする。
わたし達の背中を押すように入口から複雑な道を辿り、風が吹き付ける。その勢いに縺れそうな足をジェイドさんに支えてもらいながら、その広間へと足を踏み入れた。
豪奢な寝台を覆う白い布が揺れる。現れた隙間から、暗闇を縫うように、白い脚が伸びてきた。
きらきらと輝く宝石で出来たその脚は、膝の間接がまるで人形のようで。病的なまでに真白いその肌には色がなく、まるで本当に人形なんじゃないかと思えてしまう。不思議な色をした髪が揺れ、その隙間から妖しく光る赤い瞳がこちらを見た。瞳と同じ色の宝石に覆われた左目は全くわからないが、虚ろな赤い瞳がただ静かに跪ずく彼らを、わたし達を眺めていた。

「あの子が、あの、赤い煙だったもの…?」

赤い瞳が前髪に隠れる。アンジュさんはわたしを自分の後ろにいるように促し、赤い煙、もう人の姿を取り進化を遂げたものを見つめた。

「あなたは、一体何者なの?」

赤い煙だった少女は、わたしの前にいるアンジュさんを見る。

「ラザリス…。僕は、ラザリス…」

やっぱり、あの子が暁の従者の言っていた、ディセンダー。
胸騒ぎのように、早鐘を打つ心臓を押さえる。

「あなたが、人々の願いを叶えてきたの?願いを叶えるのは何故?」
「…どうしてかな?実のところ、僕にもわからない」

少女は首を傾げる。まるであどけない子供のような仕草だ。

「けども、君らから少しずつ世界を知るには、都合が良かったからだと思う」
「あなたが願いを叶えた生物から学習した。こういうことですか?」
「そうなるかな。願いを叶えてと、向こうから僕に接触して来たからね」

願いを叶える時に相手のドクメントを覗き見て、学習。赤い煙が靄のような姿から様々な姿に進化していったのは、赤い煙が願いを叶えることで、徐々に意志を持ち進化していったから。
しいなさんの仮説が当たっていたらしい。ジェイドさんが眉をひそめる。
植物から虫へ、魚へ、動物へ、人間へと進化を続けて行った赤い煙。ついには人間からこの世界の情報を得て、こうして人と遜色のない姿になってルミナシアに現れた。
生命の神秘、なんて言葉で片付けられるはずもない。この短期間でここまでの進化を遂げた、赤い煙。
わたしは無意識の内に、アンジュさんの白い服の裾を握りしめていた。

「おかげで実体も思考も手に入れた。思う存分、僕の好きなように、力を振るうことが出来る」

少女の纏う雰囲気が変化する。空気に漂うマナが警報のように震えているのが、身をもってわたしにはわかった。
アンジュさんが短剣を抱きしめ、微かに怯えたような声で問う。

「あなたは人じゃない。…何者なの…?」

少女が俯き、前髪に隠れてその表情が窺えない。
しかし、その色のない唇が、大きく開かれた。

「僕は、この世界ルミナシアのように誕生するはずだった世界だ」

そう言った少女は頭を抱えるように掻きむしる。
その手は痙攣するように震えていて、さっきまであどけない子供のような仕草をしていた少女とは比べものにならないような、激しい声が遺跡内に響き渡る。

「…ああ、ああ!この世界にはうんざりだ!僕ならもっといい世界にするはずだった!こんな腐りきった世界を齎す人がいる世界なんて、僕なら創らなかった!」

遺跡内に響き、反響する激しい憎悪の声。思わず悲鳴を呑んだわたしだけじゃなく、二人も気圧されたようだった。
その瞬間だ。

「こんな腐った世界なんか、あの子に相応しくない!僕の可愛いあの子が汚れてしまう!お前達があの子を奪ったんだ!僕が、僕が幸せにするはずだったのに!!」

前髪に隠れた赤い瞳が、輝く。
無造作に振られた腕から放たれた衝撃波が、わたし達を吹き飛ばした。
床に叩き付けられる衝撃で、息が詰まる。そのまま床を滑るが、想像していたような痛みはない。そっときつく閉じていた瞼を押し上げ、薄暗い視界の中を手探りで彷徨い目を見開く。

「…ジェイドさん?アンジュさん…?」

いつの間にか、わたしはアンジュさんに抱きしめられ、そんなわたし達をジェイドさんが抱えていた。
二人の間に挟まれるような形で、衝撃波からも、痛みからも守ってもらっていたのだ。
一気に青ざめ、二人の間から何とか這い出て、傷だらけの体を揺する。

「いや、いや…!ジェイドさん、アンジュさん、しっかりして…っ」

アンジュさんは唸り声を上げながらも、意識はあるらしい。縋り付くように握ったその手を、弱々しく握り返してくれた。
しかし、ジェイドさんはわたし達二人分の衝撃を受けたのだ。名前を呼んで強く揺さぶろうとぴくりとも反応しない。打ちどころが悪かったのか、あるいは。
震える手で呼吸と脈があることを確認してから、錯乱する頭で必死にマナをかき集める。まだ使ったことはない、けれど、もしもの時にとキールさんから教わった術。

「レイズデッド!」

集まった光がジェイドさんとアンジュさんを包み込み、消えていく。
眩しさに閉じていた瞼を開ける頃には、二人の傷はほとんど癒えていた。
呼吸もあるし脈もある、あとはもう、目覚めるのを待つだけだ。

「…ナマエ、」

ふと、名前を呼ばれた。
反射的に振り向けば、わたし達を広間から通路へと吹き飛ばした張本人、赤い煙だった少女が、呆然と赤い瞳を見開いてこちらを見つめている。
手放してしまった杖は手元にない。躊躇いなくアンジュさんが手にしていた短剣を手に取りつつ、少女から二人を庇うように立ち上がる。
少女はただ呆然としていたが、一歩、こちらへと近付く。
覚束ない足取りでこちらに近付く少女は、わたしが持つ短剣など見えていないらしい。病的なまでに白い、宝石が光り輝く両腕を広げて、わたしに飛び込んできた。

「ナマエ!」

花が綻ぶような笑顔で。


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