初めて足を踏み入れたアルマナック遺跡は、打ち捨てられたような寂しさが残る場所だった。
乱雑に生い茂る木々達に崩れかけた岩壁。どこか遠くから聞こえる風の音に混じる人の声に、遺跡の入口の壁に張り付いて耳を澄ませる。

「本当さ。ディセンダー様が手から金を山のように出したんだ」
「しかし、ディセンダー様は己が救世主という自覚がおありでない。自分が何者かもわからないとは…」
「ほら、予言でも言うだろう。ディセンダーは、世界樹から生まれたばかりで記憶というものがないとな」
「俺もディセンダー様に願いを叶えてもらいたいものだ」
「無理さ。司祭クラスの許可なくしては会えないんだろうし」

足音が遠ざかる。ジェイドさんが完全に彼らの姿見えなくなったのを確認して、入口の先に広がる広間へと侵入した。
それに足音を殺してアンジュさんが続き、わたしも続く。ルミナシアへと来てからも身に着けたままのローファーが、小石を蹴飛ばしてかつりと音を立てた。

「ここは太古にあったディセンダー信仰の場所だったそうだから、彼らも拠点としてここを選んだんでしょうね」
「ディセンダー様、ですか」

ジェイドさんが心なしか馬鹿にするような声色でそう呟いた。
赤い瞳は彼らが消えていった、遺跡の奥へと続く道に向けられている。
釣られてわたしもそちらに視線を向け、杖を握りしめる。
ルバーブ連山で遭遇した暁の従者の信者達は、話が通じるような雰囲気がなかった。偏見かもしれないけれど、むしろそうであってほしいと思っているけれど、彼らと話は出来るだろうか。

「ところで、ナマエ」
「…えっ、ああ、何ですか?」
「あなたはご存知でしたか?我らがアドリビトムのリーダーは、大変な運動音痴だと」
「う、運動音痴?」

ジェイドさんがわざわざ腰を屈め、わたしの耳元に口を寄せて小声で教えてくれたのは、それは今言うべきことなんですかという事実だった。
見上げた赤い瞳はさっきまでの鋭さはなく、唇と共に楽しげに弧を描いている。

「おや、バンエルティア号ではかなり有名な話ですよ」
「そ、そうなんですか。知りませんでした…」
「運動音痴でありながらも自ら苦難に乗り出す。いやはや、全く敬服しますねえ」
「ジェ、ジェイドさん、あの、それくらいで…」

明らかにアンジュさんに聞こえている。鋭く背中に突き刺さる視線を全く気にしないジェイドさんはいいかもしれないけれど、わたしにとっては拷問に近い。
今回の依頼、大丈夫だろうか。楽しげに真っ青になったわたしを見下ろすジェイドさんに、思わずそう考えてしまった。





細い通路を進み、少しずつ道が開けていくようになった頃。壁に備え付けられた燭台が、立ち止まったジェイドさんの先、広間を照らしていた。
その先の光景に、思わず息を呑む。

「見ろ、この力!ラザリス様がくれたんだ!」

両手を高く掲げた男の人の前で、巨大な岩が浮いている。
男の人が手を下ろすと同時に、大きな音を立てて岩が落下する。それを眺めていたもう一人の男の人が、興奮したように手を叩いた。

「素晴らしい!」
「ああ、この力をもって我々のディセンダー、ラザリス様と共に全ての民を平等な世界へと導くんだ」

ジェイドさんとアンジュさんが視線を交わして、頷き合う。アンジュさんの後ろ、最後尾で二人に続き広間へと足を踏み入れた。今度は二人も足音を消したりしない。ローファーが小石を蹴飛ばして、小石は砕けた。

「ん?何だ、お前達は。我々の同志になりに来たのか?」
「いいえ、そうではないの」
「じゃあ、何の目的で来たんだ」
「あなた方がディセンダーと呼んでいるものを、引き渡してもらいます」

暁の従者の信者達は顔色を変え、構える。
しかしわたし達は武器を構えない。出来ることなら、話し合いで解決したいからだ。

「あれはディセンダーなんかじゃないの。もっと得体の知れない何かよ」
「そう、危険な存在かもしれませんよ」
「お願いします。手遅れになる前に、どうか引き渡してください!」
「ふん、ラザリス様が危険な存在だと?馬鹿なことを…」

信者達は馬鹿馬鹿しいとでもいうように嘲笑う。
ジェイドさんがため息を吐いた。軍服のポケットに入れたままだった手を静かに引き抜く。

「今は誕生されたばかりで、予言通り名前以外は何も記憶がない」
「だが、今この奥でこの世のことを学んでおられるのだ」
「この腐敗した世の中を正すために降臨されたディセンダー様だ。直に、自ら立ち上がられこの世界を理想郷へと造り変えられる。邪魔はさせないぞ!」
「やれやれ、随分な熱の入れようですね。話になりません」

ジェイドさんが槍を構えアンジュさんが短剣を取り出す。わたしも唇を噛み締めながら、杖を構えて深呼吸をする。
戦いたくない。けれど、ここでわたしが怯んでしまえば、ジョアンさん達のようになる人を増やすだけだ。傷付けたくなんてない。でも、それが必要な時もある。
わたしはそうして自分を納得させ、正当化した。

「ナマエ、来るわよ!」
「はい!」

彼らの先、遺跡の奥。
そこにいるはずの赤い煙だったものを睨み付けてから、目を閉じた。


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