最近になって、仕事がひとつ増えた。
バンエルティア号でお世話になり始めてから続けているシーツの洗濯だけでなく、お客様へのお茶出しも晴れてわたしの仕事となった。それというのも、料理の出来ないわたしが落ち込んでいるのを見かねたロックスさんがお茶の淹れ方を教えてくれたからだ。
温めたポットとカップ、ミルクと砂糖の瓶にお茶菓子。香りだけでも我ながら満足の出来だと頬を緩める。ロックスさんに余ったからと貰ったお茶菓子のクッキーをかじりつつ、食堂を後にした。

「おっと、」
「え、きゃっ」

紅茶を零さないようにと気をつけてすぎたのか、廊下の曲がり角からやって来る人影に全く気付かなかった。頭上から声がしたと思って顔を上げようとした時にはもう手遅れで。ぶつかると思った時には、想像していた衝撃よりも優しく抱き留められた。

「危機一髪、ってか」
「ゼ、ゼロスさん、ですか…?」
「そう、ナマエちゃんの王子様のゼロスくんさ。怪我はないかい?」
「あっ、ありません」

頬を明るい赤色の長い髪が掠める。抱き留められた彼の胸元から顔を上げてみれば、気さくにウインクを返された。
慌ててもたれかかったままの体を起こそうとすれば、背中に手を添えられて助けられる。恐る恐る覗き込んだ紅茶は、幸いなことに零れていない。ほっと胸を撫で下ろしつつ、頭を下げた。

「す、すみません。前をよく見てませんでした」
「いいって、そんなの。ナマエちゃんが胸に飛び込んできてくれたってだけでお釣りが出るぜ」
「ゼロスさん!」

ゼロスさんは最近アドリビトムに入った人で、また何故かわたしが教育係をした人だ。しいなさんと一緒にルバーブ連山まで迎えに行ってからというもの、何だかんだと仲良くしてもらっている。
生粋の女好きだから気をつけろとしいなさんには念を押され、彼と一緒に過ごしていく内にしいなさんの言葉の意味をようやく理解した。
スキンシップが盛んな上に、よく手を取られては口説き文句のようなものを言われ、わたしはどうしてもそういうのが苦手で、慣れることはなくいつも照れてしまう。
拗ねたように視線を逸らしたわたしに軽い調子で謝りつつ、ゼロスさんはお茶菓子のクッキーを手に取り、止める暇もなく口に放り込んだ。

「今からカノンノちゃんとお茶会でも?」
「違います!これはお客様に出すものですから、もう駄目ですよ!」
「え〜、残念。それなら混ぜてもらおうと思ったのに。俺様もナマエちゃんとお茶したいな〜」
「こ、今度!また、別の機会に!」

じりじりと壁に追い詰められているような気がして、社交辞令のようにそう言って走り出す。もちろん手にした紅茶を零さないように、細心の注意を払って。背後から聞こえた残念そうなため息に振り返ることなく廊下を急ぐ。
今回のお客様はお待たせしてはいけないと、アンジュさんから言われているのだ。
匿ってほしいと飛び込んで来た彼らが通された部屋の扉を、緊張しながら叩いた。





「部屋は気に入ってくれた?」
「ええ、素敵ですわ」

まるで世間話をするようにアンジュさんに微笑み返したのは、ライマ国の王女様、ナタリア姫だ。
緊張しながらも彼女の前にカップを置けば、同じように微笑みを浮かべてお礼を言われた。すごく恐れ多い。
アンジュさんは畏まるわたしに気付いているのかいないのか、いやもちろん気付いているだろうけれども、可愛らしく小首を傾げた。

「ふふ、良かった。もちろん、部屋代もしっかり頂きますけど」
「まあ…!」
「ア、アンジュさん!」

一国の王女様相手に何を言っているんだ。確かにこの船には何故か高貴な身分であるエステルさんやウッドロウさんもいて身分の高い人にもそこまで緊張しなくなってきたけれど、まさか知らない王女様にまで、そんな。
一人で慌てるわたしの隣に、扉近くに控えていたはずの男の人がやって来る。見上げれば、困ったように額に手を当てた。

「困りましたねえ。現在我々には手持ちがないのですが」
「このギルドでは、王族だろうと容赦しません。居付くなら家賃を払うかここのギルドのメンバーとして働くか、好きな方を選んでね」

さ、さすがアドリビトムのリーダー。
感心しつつも考え込むように顔を伏せた王女様に慌てふためくわたしを、隣に立った男の人が面白そうに眺めていた。

「私は構いませんわ。いつライマ国に戻れるかわからないのでしょう?」
「暴動が収まるまでは、仕方ありません。ここで働くということで」
「決まりね。それじゃあ次の話をしましょう。あなた達の国では、何があったの?」

意外とあっさり、王女様はアンジュさんの王族に対しては失礼な話を受け入れた。それにほっとしたのもつかの間、真剣そうに顔を変えたアンジュさんが切り出した本題に室内の雰囲気ががらりと変わる。
赤い瞳を細めた男の人が口を開いた。

「我がライマ国で、暴動が起こりましてね。暁の従者という宗教組織の導引によるものです」

聞きたかったような、それとも聞きたくなかったような名前。
暁の従者。それはあの、赤い煙だった存在をディセンダーと言い連れ去った組織の名前。
まさしく今まではただの嵐の前の静けさだったのだと、ようやくわたしは理解出来た。


menu

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -