両手に抱えていたたくさんの紙袋は、騎士さんに奪われてしまった。
船に案内してもらうお礼だ、と言う騎士さんには申し訳ないけれど、肩を落としたままお礼を言うしかない。

「よう、おかえり」

騎士さんと少女を連れて船に戻らざるを得なくなったわたしを出迎えたのは、タイミングが悪いことに絶賛指名手配中の、ユーリさんだった。
呆気に取られ甲板で立ち尽くすわたしの後ろで、騎士さんが剣に手をかけた音がした。

「…お前、」
「ちっ、違うんです!」

慌てて騎士さんの視界を遮るように両手を広げ、状況を把握しきっていないユーリさんをわたしの背中に庇う。

「…あのっ、と、とにかく、ユーリさんは違うんです!」
「おい、ナマエ?」
「えと、え、ええと…!ち、違うんです!その、だから、だからっ、違うんです!」
「少し落ちつけって」
「も、もがっ」

呆れたような声と共に、後ろから回って来た大きな手に口を塞がれる。
何かちょっとデジャブだぞこれとか思いながらユーリさんを見上れば、その目は正面の騎士さんに向けられている。
片や王女様誘拐の疑いで指名手配中の犯罪者と、片やその王女様を助けに来た騎士。
二人の間に見えない火花が散っているような気がして、青ざめる。騎士さんの後ろで首を傾げている少女が癒しだった。

「む、むぐ、ぷはーっ!い、行きましょう!エステルさんのとこに行きましょう!ほら、ユーリさん案内して!」
「は?おいコラ、何すんだよナマエ」
「騎士さん、エステルさんはこっちです!ユーリさんが案内するので行きましょう!」
「あ、ああ…」
「ほら、ユーリさん!」
「わかった、わかったから押すなって」

せめて二人が口を開く前にと、強引にユーリさんの手を振りほどき、その背中を押して船に入る。
戸惑いながらもわたし達に続いて船へと足を踏み入れた騎士さんと少女に目を丸くしたアンジュさんへは、後で報告しますと早口で伝えてホールを横切る。
エステルさん達の部屋がホールから近い場所にあってよかったと、わたしは心から感謝したのだった。





「…わたしは、戻りません。そう、フレンに伝えてください」

真剣な様子で騎士さんと話すエステルさんの横顔を、ユーリさんに促されて彼の隣に座りそわそわと眺めていた。
エステルさんは確かにガルバンゾ国の王女様で、本来ならこんなところにいるべき立場の人じゃない。頭ではそれを理解していても、彼女との付き合いはもう短くない。身分や立場に躊躇うことはあれど、エステルさんもわたしの友達。ルミナシアでの、大切な友達。
落ちつかないわたしに隣のユーリさんが呆れ始めた頃、エステルさんはそう言って顔を上げた。

「わたしは、自分の国が起こしたことによる異変を解決するまで、ガルバンゾには戻らないと決めたんです」
「ですがエステリーゼ様が仰った生物が変化する現象の調査は、これから評議会に提起すれば…」
「それでは、いつまでも変わりません」

エステルさんの瞳は確固たる意志に燃えている。騎士さんは少し躊躇いながらも言葉を重ねようとして、柔らかい、諭すようなエステルさんの声に遮られた。

「アスベル。わたしは国を守るためにも、ここにいなければと思っています」
「…異変については、わかりました。私も国、そして守るべき民のために尽くしたい思いは同じです」

エステルさんの粘り勝ちかと思わず目を瞬かせたわたしとは対照的に、騎士さんは目を伏せて肩を落とす。

「ですがフレン様はあなたを連れて来るまでガルバンゾには戻るなと…」

そんな横暴な。どうしたものかと隣のユーリさんを窺えば、頭をかきながらため息を吐いていた。
しかしエステルさんはこれまた対照的に目を輝かせて、騎士さんの両手を握る。

「だったら、アスベルもここにいて良いんじゃありません?」
「ここに?このギルドにですか?」
「はい。ここなら、色んな人を守ることが出来ます」
「おいおい、こっちゃ誘拐犯になってんだ。お前がここに残れば、このアスベルって奴にまで罪が及ぶぞ」
「フレンならわかってくれます。いえ、わかってくれるはずです」

フレンという人のことはわからないけれど、エステルさんがそこまで信頼する人だ。悪い人のはずがない。隣のユーリさんは、相変わらず複雑そうな顔をしていたけれど。
騎士さんは考えるように自分の後ろにいる少女を見る。どうするんだろうと彼を見つめていると、ふと目が合った。
驚きつつもへらりと笑いを返すと、騎士さんは軽く目を見開く。気まずくなりながらも笑顔を浮かべたままでいると、騎士さんがふと頬を緩めたと思ったら、エステルさんに向き合った。

「わかりました。ここに残って、王女のために尽力いたします」
「よかった!ありがとうございます、アスベル。さっそくアンジュに伝えないと、ですね」
「あ、それならわたしが伝えて来ます」
「すみません、ナマエ。お願い出来ますか?」
「はい。それじゃ、少し待っててください」

何はともあれ、騎士さんと少女は新しい仲間だ。色々な手続きなんかはアンジュさんしかわからないし、早めに呼んで来ようと部屋を出ようとしたわたしの腕を、最初の時より優しく、騎士さんが掴んだ。

「えと、…あの?」
「さっきは、強引なことをしてすまなかった」
「そんな、気にしないでください」
「いや、いくらエステリーゼ様のことに気を取られていたとはいえ、女性に対して乱暴だった」

申し訳なさそうに目を伏せてわたしに謝る彼は、本当に真面目な人だ。
わたしは全然気にしていないし、というか何故かソファーに踏ん反り返るユーリさんから鋭い視線が突き刺さっているような気がしてすごく痛い。

「あ、あの、そういうのはもう本当に気にしてないんで!これからはアドリビトムの仲間として、よろしくお願いします」
「ああ。改めて、俺はアスベル・ラント。そしてこっちは…」
「わたしは、ソフィ」
「ソフィ共々、よろしく頼む」
「はい!」

改めて差し出された手を握る。騎士らしい、真面目ないい人だ。
そんなわたし達を何故か面白くなさそうなユーリさんとは違い微笑ましそうに眺めていたエステルさんが、笑顔で口を開いた。

「アスベル。同じギルドのメンバーとして、これからもよろしくお願いしますね」
「同じ、メンバー…ですか?」
「はい。だからここでは堅苦しい言葉はなし、です。いいです?」
「えっと、その…。ど、努力します…」

きっとわたしより大変な思いなんだろうなあと、複雑そうに眉を寄せたアスベルさんを見上げて、心の中で彼に同情した。


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