あれから数日が過ぎたけれど、彼らが崇めるディセンダーを手に入れたはずの暁の従者は、沈黙したままだった。
そういう時こそ恐ろしいのだと、クラトスさんが言っていた。いわゆる、嵐の前の静けさ、というやつだろう。そうならなければいいと、願ってはいるけれど。

「おっさんも依頼さえなけりゃ、ナマエちゃんと買い出しデートしたかったわー」
「あ、あはは…」

買い出しのために一時停泊した船を降りようとしていると、ちょうど依頼に行くらしいレイヴンさんと鉢合わせた。
港の市場まで付き合ってくれるというレイヴンさんの言葉に甘えて、こうして降りてみたけれど。

「本当に一人で大丈夫?ナマエちゃん、可愛いしどっか天然だからおっさん心配」
「大丈夫ですよ。わたしだって、子供じゃないんですから」
「子供扱いじゃなくて、女の子扱いしてるのよ?おっさんは」
「…あ、ありがとう、ございます」

こういう異性の扱いに手慣れたところは、レイヴンさんの苦手なところというか、何というか。
気恥ずかしくなりながらお礼を言って別れようとすると、ふとレイヴンさんが遠くを眺めているのに気付いた。
視線の先を辿って見てもレイヴンさんの気を引きそうな美女はいないし、ただ市場を行き交う人達がいるだけだ。首を傾げて見上げていると、レイヴンさんは何にもなかったようにへらりと笑う。

「ごめんね、何でもないわ」
「はあ…」
「それじゃ、ナマエちゃん。過保護なお兄ちゃんに見つかる前に帰りなさいよ」
「こ、子供扱いじゃないですか」

実はチェスターさんには内緒で出てきたので、耳に痛い言葉だ。
いやでも別に最近は大分一人で行動しても叱られなくなってきたし。そう心の中で言い訳しつつ、ひらひらと手を振り去って行くレイヴンさんの背中を見送った。





アドリビトムにはわたしを含めて狩り担当がいるので、買うのは魚や野菜なんかだ。もう狩り担当でいいと思ってきた。
魚や野菜を大量に買い、後で船にまで届けてもらう。それを済ませれば、細かい日用品や頼まれたものを買うだけだ。

「すみません、本を注文してあるんですが…」
「はい、お名前は?」
「え、えと…エステル、です」
「少々お待ちください」

名前を呼び捨てにするのには、大分勇気がいる。忘れかけていたけれど、エステルさんは王女様なのだ。
今日の買い出しはエステルさんからのおつかいで最後だ。ここはガルバンゾ国の港街、彼女を知る人がいるかもしれない。申し訳なさそうに頼んできたエステルさんを思い返し、奥に戻った店員を待つ。何か立ち読みでもしようかと本棚を眺めるけれど、ようやく六歳児レベルの言語能力を身につけたわたしには難しい言葉ばかりだ。
キールさんのため息まで思い返してしまい、気まずい思いで本棚を眺めていると、本を手に店員が戻って来る。
それを受け取り、本屋を後にしようと扉を開けた時、扉の死角から伸びた腕に手首を掴まれた。

「アドリビトムの者か」

扉が閉まる音がする。
白いコートに、赤茶色の髪。わたしの手を強い力で掴む男の人の後ろで、紫色の髪を二つに結んだ少女が無表情にその状況を眺めていた。

「…えっ、…は、はい」

突然のことに驚き、びくつきながら頷く。
視線を集めているのに気付いたのか、白いコートの男の人はわたしの手を引きすぐ近くの路地裏に入る。
戸惑うわたしを壁に押し付け、男の人は逃げ場をなくすように両手を付いた。

「頼みがある」
「な、何ですか…?」
「アドリビトムが拠点にしている船。あそこに、我がガルバンゾ国のエステリーゼ王女を匿っているだろう」
「……っ!」

何でそれを。そう悲鳴のような声が口から零れそうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。
男の人は目を光らせて、わたしに詰め寄った。

「俺はガルバンゾ国騎士団所属、アスベル・ラント。エステリーゼ様の元に、案内してくれ」


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