わたしが赤い煙に接触することは、アンジュさんにもリタさんにも反対された。それでも、どうしても行きたいんだと言えば、ため息を吐きながらも折れてくれた。

「ナマエもメルディも、絶対に無茶はすんなよ。特にナマエな!」
「はいな!」
「は、はーい…」

ルバーブ連山の入口で、まるで子供に言い聞かせるようなティトレイさんの言葉に苦笑いしつつ、頷いた。
ティトレイさんは依頼に出かける前、アンジュさんに何度もわたしとメルディさんから目を離さないようにと言われていたので、保護者の気分なのだろう。
あからさまな子供扱いは釈然としないけど、隣のメルディさんや前を行くティトレイさんはとても楽しそうだ。

「ティトレイ、ニーチャンみたいだよう!」
「そうですね、頼もしいお兄ちゃんです」
「そうかー?」
「ティトレイがナマエとメルディのニーチャンだな!」
「チェスターさんも忘れないでくださいね」
「ワイール!ナマエもメルディも、家族!」
「おう、みんな家族だ」

ティトレイさんは笑いながら、メルディさんの頭を撫でた。
家族と聞くと、少しだけ寂しくなる。地球にいる両親の顔を思い出しては胸が痛むけれど、こうしてみんなが優しいので、その寂しさも紛れてしまうのだ。

「…あ、」
「ん、どうした?」

笑い合う二人のその奥に男女の二人組がいる。
首を傾げたティトレイさんとメルディさんに慌てて指で示す。

「あそこ、あそこに人がいます!」
「本当だよう!」
「噂を聞いて来た民間人だろうな。おーい、そこの二人!そんな軽装じゃこの山登れないぜー!」

ティトレイさんが声をかけつつ、二人に近付く。街でよく見かけるような格好の二人は、やっぱりあの噂を聞いてここまで来たらしい。
願いを叶える存在、つまり赤い煙に接触しようとする民間人を追い払うようにともアンジュさんから言われている。
あの恐ろしさを何も知らない人達に説明しても、理解出来るはずがない。強引だけど、相応の処置だと思う。

「あんたらがギルドならさ、ちょっとウチらの護衛頼まれてもいいんじゃない?」
「俺ら、この山にいる願いを叶える奴に大金持ちにしてもらうんだよ。だから、報酬はその後払うからさー」
「大金持ち、って…」

へらへらと軽薄な笑顔を浮かべる男の人に、思わず眉を寄せた。
ジョアンさんは、本当に藁にも縋るような思いで願いを叶える存在に手を伸ばした。そんな彼とは違う。この人達は、ただ自分の欲を満たしたいだけ。不愉快な思いで杖を握りしめ、呟いた。

「…願いを叶える存在なんて、いません」
「ええ?そんなことないわよ。街で聞いた話じゃ今はここにいるって…」
「んとな、それはな…。んと、な…」
「…あー…。…ああー!残念だったな!今あの、街…街にいるって聞いたよな!な、ナマエ?」
「き、聞きました!ここにはいません!」
「だよなー!ほら、早く行かねえと、またどっか行っちまうぜ!」

二人は文句を言いながらも、残念そうに肩を落として去って行った。
その背中を見送り、完全に見えなくなったところで三人揃って深くため息を吐いた。

「命知らずな上に、俗っぽい奴らだぜ。人の欲って際限ねえからな」
「ティトレイさん…」
「あんな連中が私利私欲のために一斉に願いを叶えまくったら、世の中目茶苦茶になっちまう」

ティトレイさんが舌打ちをしながらそう言った。
重苦しい空気に気付いていないのか、メルディさんが飛び上がりながらわたし達に笑いかける。

「さ、メルディ達も行こう!」
「…おう、そうだな」
「…はい」

彼女の足元でクィッキーが小さく鳴いてくるりと回った。
遠くを見上げれば、ルミナシアに来たばかりの頃のように世界樹がそこにいる。


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