薄く目を開ければ、赤と黄色に分かれた視界の奥で、手を翳しているリタさんが驚いたような顔をしている。
瞬きをしながら再び目を開けてみれば、赤と黄色の視界に悲鳴を上げた。

「えっ、ええ!?な、何ですかこれ!」
「赤と黄色の…ドクメント…?」

呆然と呟かれた言葉に首を傾げ、やっと視界の意味を理解する。
わたしの周りに幾重にも巡るドクメントは、半分から赤色と黄色に分かれていた。

「…基本、人間のドクメントはメルディのように白いのよ」
「でも半分は黄色だわ。上に行けば行くほど、赤が強くなっていくけど」
「あ、本当だ…」

ハロルドさんに言われてドクメントを見上げてみれば、上の方の小さな輪は完全に赤色だ。そこから少しずつ赤色と黄色が半分ずつになっていくけれど、やっぱり赤色が勝っている。

「…もうちょっと、細かく展開しても大丈夫?」
「が、頑張ります」

押し寄せる倦怠感を堪えて大きく頷く。細いドクメントが一つ現れ、それもまた赤色と黄色に分かれていた。

「…赤色の部分と黄色の部分じゃ、ドクメントの中身が違ってるわ」
「え?」
「黄色の部分はあたし達のドクメントと変わりはないけど、赤色の部分が全く違う…」
「…もしかして、これが生物変化…?」
「かもしれないわね」

アンジュさんの言葉に、ハロルドさんがわたしのドクメントを覗き込みながら頷いた。
自分でも気付かない内に起きていた生物変化。けれど、わたしの姿は何も変わりがない。

「でも、ナマエにはジョアンさん達のような変化は起きてないわ。どういうことなの?」
「黄色と赤色が、互いに相殺しあってるみたい。どういう訳だかわからないけど、この黄色の部分が、赤い煙による変化を防いでる」
「…つ、つまり?」
「つまり、何もわからないってことね」

念のためドクメントのサンプル取らせてちょうだいというハロルドさんの声に頷きつつ、肩を落とした。
状況が進展するどころか逆に、わからないことが増えただけだ。
視界を揺らす目眩に瞼を押さえ、閉じられていくドクメントを見る。

「赤色の部分が赤い煙だと仮定して、この黄色の部分が何なのか。それがわかれば生物変化を防ぐことも出来るかもしれないわ」
「そうね。どうしてナマエのドクメントが二色に分かれているかはわからないけど、早速ナマエのドクメントを調べて…」
「ナマエ、大丈夫?」
「らっ、らいじょぶ、です…」

しまった、呂律が回らない。
そう思った次の瞬間には視界が霞み、わたしに手を伸ばすアンジュさんの表情すら見ることが叶わなかった。





ドクメントを細かく展開させたことにより多少の疲労感はあったけれど、一日休んでしまえばすぐに回復する程度だった。
それよりもわたしの体、正確にはドクメントにだけ起きている生物変化に対して、みんなは喜んだり心配したりと、それぞれ様々な反応をしてくれた。
どうしてかわからないけれどわたしのドクメントには色があって、赤色と黄色がわたしの中で相殺し合っている。
異世界人だから、という簡単な言葉では説明が出来なさそうだ。

「よう、ナマエ!もう大丈夫なのか?」
「おはようございます、ティトレイさん。ゆっくり休んだんで、もう大丈夫です」
「そっか、それなら良かった!」

早めに朝食を食べて依頼を受けに行こうと思い、いつもより少し早く起きた。早めの朝食を終えてホールに行こうとしていると、後ろから肩を叩かれ声をかけられた。
ティトレイさんは早朝の爽やかな空気に負けず、同じくらいの笑顔でわたしの頭を撫でると、ふと眉を寄せる。

「それはそうと、ナマエは知ってるか?」
「何がですか?」
「例の、願いを叶える存在に会いたいって依頼がまた来てさ。何でも今はルバーブ連山にいるらしいぜ」
「ほ、本当ですか!?」

しいなさんから借りた精霊の居場所に関する巻物は、まだ解読が終わっていないらしい。ひねくれた暗号の羅列にキールさんも頭を抱えていた。
そんな中に舞い込んだその依頼に、アンジュさんはとうとう願いを叶える存在、もとい赤い煙への接触を決意したらしい。

「その依頼は断ったらしいが、アンジュが願いを叶える存在への接触の依頼を登録したって聞いてよ」
「そうなんですか…」
「俺は今からアンジュにその依頼の申し込みしようと思ってんだけど、ナマエもするだろ?」
「はい!」

迷いなく頷けば、ティトレイさんも笑って頷く。歩き出したその広い背中を追いながら、わたしは両手を握りしめた。
ようやく。ようやく、あの赤い煙に触れられる。
逸る気持ちは再び、胸騒ぎへと姿を変えていた。


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