「悪いね。あれは、外部の者には教えられないんだ」
「興味本位で言ってるんじゃないわ!」

リタさんに光気丹術について聞かれたしいなさんは、そう言って首を横に振った。それでもリタさんは諦めずに、すかさず彼女の腕を掴む。
リタさんの必死な様子に眉を寄せて首を傾げたしいなさんに、リタさんは更に食い下がった。

「人や植物、ううん、それだけじゃない。あらゆるモノを変異させてしまう現象が、今現在各地で起こってるの」
「何だって…?」

しいなさんが驚いたように目を見開く。
リタさんは後ろにいるわたしに視線を寄越した。

「あの子、ナマエもその生物変化の原因とされているモノに触れてしまったの。今はまだ何の変化も現れていないけれど、ナマエと同じく触れた人は、人間じゃない姿に変異しちゃったのよ」
「そんな!ナマエ、本当かい?」
「は、はい…」

しいなさんがリタさんの腕を振り払い、わたしの両肩を掴む。どこか変わりはないかとしいなさんに体中を触られ、慌てて口を開いた。

「だっ、大丈夫ですよ!わたしなら、全然…」
「今は、でしょ!これから先も何も変わりがないなんて保障、どこにもない。ただでさえ、あんたには不確定要素が多いんだから…」

腕を組んだリタさんが、苛々した様子で爪先で床を叩いている。ひとしきり触り安心したのか、しいなさんが大きくため息を吐いてわたしを解放する。

「その仕組みは分かってないけど、ひょっとしたらあんたの里に伝わるそれが、解決の糸口になるかもしれないのよ」
「…しいなさん、あの、わたしからもお願いします」

そう言って深く頭を下げた。赤い煙を求める人は後を絶たない。たくさんの人が奇跡に見せかけた悪夢で苦しむことになる未来は、わたしでも簡単に想像出来た。
しいなさんは少し沈黙すると、小さく息を吐く。

「分かった。ナマエのためだ、協力するよ」
「しいなさん…」
「ほら、これが光気丹術経さ」

しいなさんがどこからともなく取り出したのは、精霊の文献として渡されたのと似たような巻物だった。リタさんはそれを奪うように受け取ると、すぐに紐を解き開く。

「人工精霊の作り方やら何やら載ってるけど、あんたに分かるかい?あたしにはさっぱりだよ」
「分からないなら分かるまで、調べ尽くすまでのことよ。…他に、ナマエを助ける手立てはないんだもの」

小さな声で、リタさんが呟くように言った。
それに驚いて呆然としたわたしが彼女に声をかけようとした時には、リタさんはすでに研究室へと走り出したあとで。

「いい子だね」
「…はい」

しいなさんの声に涙腺を揺さぶられながら、耳を赤く染めたリタさんの背を見送った。





それから数日後。
約束通り、依頼を終えてロイドさんとコレットさんと一緒に食堂に行こうとしていたところ、目の下に濃い隈を作ったリタさんに連行された。どうやらまた約束は延期されるらしい。
連れて来られたのはホールで、そこにはアンジュさんにハロルドさん、メルディさんにクィッキーがいた。リタさんは皆の顔を見渡し、しいなさんから借りた光気丹術経を取り出す。

「光気丹術経、ざっと目を通してみたけど。やっぱり、これはソウルアルケミーの技術の一端よ」
「こないだが聞いた、魔術の曙な技術だな!」
「でも、それは一体どういうものなの?」

アンジュさんと一緒にわたしも首を傾げる。難しい話はわからないのだ。
リタさんは光気丹術経を再び仕舞いながら、わたし達を見た。

「根底にある理論としてまず全ての物質はドクメントを持っている、ってことよ。見せた方が早いだろうから、メルディ、ちょっと協力して」
「はいな!」

リタさんに手招きされ、メルディさんが彼女の前に立つ。ハロルドさんに離れているように促されて少し距離を取った。
何が起こるのだろうと胸を押さえ、メルディさんに手を翳すリタさんの横顔を窺う。その手のひらから光が溢れたと思ったら、メルディさんを囲むように不思議な模様の輪が幾重にも現れた。

「バイバ!」
「えっ、な、何ですか、これ!」
「これが、ドクメント。メルディの情報、あるいは設計書みたいなものだと思って」

驚いたようにはしゃぐメルディさんの周りには、光の輪が巡っている。
全ての物質にはまずドクメントがあり、潜在能力や才能までもを設計されたドクメントを持ち生命は誕生する。
ドクメントと物質、つまりわたし達生命は互いにフィードバックし合って生きているそうだ。

「治癒術ってのは、実はここに干渉して傷や疲労を治したりするのよ」
「いわゆる呪いってやつも、実はこのドクメントに干渉して相手にダメージを刷り込むわけ」
「し、知らなかった…」

リタさんとハロルドさんの説明に、わたしはただ呆然とメルディさんのドクメントを見上げ眺めるだけだった。

「このソウルアルケミーは、ドクメントをいじったり作り出したりする技術なの。人工精霊っていうのもこれの応用よ」
「ドクメントの中の、人を人たらしめている設計をいじることが出来るんだもの」

リタさんの言葉を引き継いだハロルドさんが、わたしを見る。

「人の存在や形を変えてしまうことも、出来るかもしれないわね」

リタさんが静かに息を吐き、メルディさんのドクメントを閉じた。
そのメルディさんはどこか疲れた様子で、わたしの肩にもたれ掛かる。

「メルディ、何かクラクラするよ〜…」
「大丈夫ですか?医務室に行きます?」
「本来、不可視のものを無理矢理可視状態にしてるから被験者には負担がかかってしまうのよ」

リタさんが気まずそうにメルディさんの顔を窺っている。小さくごめんと謝っていた。
アンジュさんに勧められメルディさんは部屋に戻って行く。どこか覚束ない足取りの背中に不安を感じていると、メルディさんの背中がホールから見えなくなると同時に、リタさんがわたしの手を掴んだ。

「もしかしたら、あんたのドクメントを調べれば何かわかるかもしれないの」
「え?」
「出来ることなら細かいドクメントまで展開したい。…その場合、もちろんナマエにはかなりの負担がかかるわ」
「ナマエにだけ赤い煙の影響が未だに訪れない理由、赤い煙が本当にこの仕組みで生物変化を引き起こしているのか。少なくとも、ナマエのドクメントを見れば何かしらがわかるはずよ」
「ぶっ倒れたら医務室に運んであげるわ。ほら、やるわよ!」
「はっ、はい!」

リタさんに手を引かれ、ホールの中央、アンジュさんの前に踊り出る。
翳される手のひらを見つめ息を吐き、体の内から溢れた倦怠感に目を閉じた。


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