小さな港街に停留中の船の甲板は、優しい潮風が吹き付けている。
波の音と賑わう人の声に耳を傾けながら、わたしは洗濯物を干していた。基本的に自分の服なんかは自分で洗濯するけど、シーツなんかはこうして停留中に纏めて洗濯して干してしまう。こういうのは今までロックスさんがしていたらしいけど、わたしがここに来てからはわたしの仕事になっている。まだ見習いの頃、ただで船に置いてもらっているのが心苦しくて、無理やり貰った仕事のひとつだ。

「あっ、いたいた!」

最後の一枚を取り出そうとしたところで顔を上げる。真っ白のシーツの中に、黒髪の女の子の姿が見えた。
待ち侘びた顔に洗濯籠を抱えたまま駆け寄って、梯子から甲板に上がろうとする彼女に手を貸して引っ張り上げる。

「ありがとね。あんた、こないだクラトスと一緒にいた子だろ?」
「はい、ミョウジ・ナマエです。よろしくお願いします!」
「あたしはしいな、藤林しいなだよ。よろしく」

彼女、しいなさんはミブナの里の忍びだ。
ブラウニー坑道で門番をしていたシーサーのような石像は、しいなさんが光気丹術と呼ばれるもので作り出した人工精霊というものらしい。
本来ならミブナの里の星晶を狙うウリズン帝国に対抗するために作り出したものだったけど、彼女の手には扱いきれずに暴走してしまった。

「今日は精霊についての文献を持って来たんだ。ミブナの里にはもう精霊はいないけど、もしかしたら他の精霊の居場所が分かるかもしれないからね」
「あっ、ありがとうございます!」
「気にしないどくれよ。あれを倒してくれたお礼さ」

しいなさんに手渡されたのは、いくつかの巻物。今更だけど何だかすごい忍者っぽくて、密かに胸がときめいた。
結局、精霊に会うことは出来なかった。けれど、こうしてしいなさんに里にある精霊の文献を持って来てもらう約束をしていたのだ。

「でさ、悪いんだけど…ここのリーダーさんはいるかい?」
「アンジュさんですか?今はちょっと出ていますけど、すぐに戻って来ますよ」
「そ、そっか」

気まずそうに頬をかいたしいなさんに首を傾げれば、彼女は躊躇いつつも口を開いた。

「…実はあたし、里から出なくちゃならなくなってさ」





ミブナの里では光気丹術は禁術。しいなさんは里のためにとはいえ禁術を使ってしまい、しばらく里を出なければならなくなってしまった。
戻って来たアンジュさんにここに置いてほしいと頼んだしいなさんは、彼女の仲間と一緒に今日からこの船に住み働くことになった。

「あ、お日様の匂いがするね」
「今日洗濯したばっかりなんですよ」
「お昼寝したくなっちゃうねー」
「なっちゃいますねー」

コレットさんに手伝ってもらいながらベッドメイキングを終えた。洗濯したばかりのシーツをかけられたベッドに、コレットさんが飛び込む。
彼女は何と、ドジっ娘の上に、天使だ。
ルミナシアは本当にファンタジーだ。逆にファンタジー過ぎて、もうどんな種族が現れても不思議に思わない。

「ただいまー」
「あ、おかえりなさい、ロイド」
「手続き、コレットの分もやって来たぜ。悪いなナマエ、手伝えなくて」
「大丈夫ですよー」

部屋に戻って来たのはロイドさんだけだった。
一緒に登録手続きに行ったはずのしいなさんとすずさんの姿が見えず首を傾げていると、乱暴にドアが開けられる。そこにいたのはリタさんで、ロイドさん達には目もくれずにわたしの手を掴む。

「ナマエ、ちょっと来てくれる?」
「え、リタさん?」
「いいから、早く!」
「わっ、ちょ、どうかしたんですか!?」
「おい、ナマエ?」
「だ、大丈夫です!すみません、少しだけ失礼しますー!」
「あとで一緒に飯食おうなー!」
「約束だよー!」
「はーい!」

あの二人もなかなか天然だと思う。リタさんのばかっぽいという呟きがその証拠だ。
船内を突き進むリタさんの背中は、何だか急かされているようだ。

「リタさん、どこに行くんですか?」
「しいなのとこよ!あたしの考えが正しければ、光気丹術…ソウルアルケミーと赤い煙は繋がってるかもしれないの!」
「…えっ、ええと?」

光気丹術、ミブナの里に伝わる人工精霊を生み出す禁術は、リタさんが今現在研究中のソウルアルケミーという技術に似ているとか言っていたかもしれない。難しい話すぎてわたしには何が何だか分からなかったけど。
けれどそれと、赤い煙に何の関係があるというのだろう。
ホールで目当ての人影を見つける。リタさんはその背中に声をかけた。


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