倦怠感を堪えて瞼を開ける。突き刺すような太陽はなく、代わりに泣きそうな顔で覗き込むカノンノがいた。瞬きを繰り返していると、カノンノが嬉しそうに涙ぐみながら抱き着いてくる。

「…カノンノ?あれ、わたし……」
「ナマエ、覚えてない?カダイフ砂漠で倒れて、そのまま船に運ばれたんだよ」
「……倒れた?」

驚いて飛び起きようとすれば、体がまるで動かない。カノンノに支えられて体を起こし、医務室のベッドに寝かせられていたことに気付いた。
カノンノがこれまでの話をしてくれた。
わたしはカダイフ砂漠で倒れてから、クレスさんに背負われて戻って来たそうだ。そのまま検査をして、後はわたしの目が覚めるのを待つだけという状況だったらしい。

「アンジュに報告してくるから、まだ寝ててね」
「うん…ありがと」

沈んだ気持ちのままカノンノに手を振り、ベッドに横になる。
あとでクレスさんに謝らなければ。いつまでわたしは、役立たずのままなのだろう。
ベッドの上に設置された無機質な機械を見ているのがいやで、ため息と共に再び瞼を閉じる。
そうしている内に意識が眠りへと落ちそうになっていた頃、医務室の扉が開く音がした。

「ナマエ、大丈夫?」
「検査的にはいつも通りに何の異常もなし、よ」
「アンジュさん、ハロルドさん…」

心配そうな顔をしたアンジュさんが駆け寄って来る。起き上がろうとしても相変わらず体は言うことを聞かなくて、仕方なく横になったまま二人の話を聞く。

「赤い煙を浴びたコクヨウ玉虫、そしてジョアンさん達に起きた変化。この二つから、赤い煙が生物変化の原因であると確定したの」
「人を治癒したり、生物変化を起こしたりする過程については分からないけど、まず間違いないと思うわ」
「やっぱり…」

わたしの中では確定していた話なので、少し変な感じだ。けれどハロルドさんも前に言ってたように、コクヨウ玉虫一体だけでは、完全な判断は出来なかったのだと思う。

「それで、ナマエのことなんだけど」
「…はい」
「ジョアンさんと同時に赤い煙に触れて、ナマエにだけは何の変化も訪れていない。これに関しては、もうお手上げね」
「何度検査をしても異常なし。至って普通の健康体なのよ」

ハロルドさんが残念そうにため息を吐く。それに引き攣った笑いを浮かべれば、アンジュさんもため息を吐いた。

「唯一心当たりがあるとすれば、あなたがルミナシアの人間じゃないことくらい」
「異世界人って言っても私達と全く変わらない構造をしているわ。でも、有り得ない話じゃないのよね〜」
「そうなんですか?」
「ま、確証もないし分からないけどね」

結局は何も分からない、ということだ。
わたしもいつか、あんな姿になるのだろうか。そしたらジョアンさん達のように、バンエルティア号から追い出されて。
地球に帰ることも、ルミナシアで居場所を見つけることも出来ず。
一瞬で息が詰まるような未来を想像した。

「とりあえず、ジョアンさんとミゲルさんは教会でオルタ・ビレッジ設立の手伝いをしてもらうことにしたの。村には、もう戻れないしね…」
「ナマエはもう少し調べたいことがあるから、体調が戻り次第研究室よ」
「…ナマエ、どうかしたの?」

アンジュさんの指がわたしの額に触れて、意識を二人に戻した。そのまま宥めるように頭を撫でられ、思わず涙腺が緩んでしまいそうになる。
それをごまかすように、曖昧に微笑む。気を抜けば、今すぐ泣き喚いてしまいそうだった。
そんな未来を信じたくない。アドリビトムのみんなはそんな人じゃない。でも、それでも、わたしが人間じゃなくても受け入れてくれる、なんて、そんな保障は、なくて。

「大丈夫ですよ。少し、疲れちゃいました」
「精神的にも、肉体的にもハードな仕事だったしね。今日はこれくらいにするから、ゆっくり休んで」

優しく微笑んでくれたアンジュさんに、同じように笑い返す。指先が離れていくのが寂しかった。
名残惜しく思いながらも二人の背中を見送ると、入れ違いにイリアさんが医務室に入って来た。
アンジュさんと少しだけ何かを話すと、すぐにわたしへと向かって来る。
ベッドに横になったままのわたしの爪先から頭までを眺め、小さく息を吐いた。

「大丈夫そうね」
「だ、大丈夫です」
「…あんた、どうやったの?」
「えと…何がですか?」
「だから、あの二人をどうやって治したのかって聞いてんの」

ジョアンさんとミゲルさんの、冷たい手に触れたことを思い出す。
指先から流れ込む痛みに唇を噛めば、静かに二人の姿が光に包まれ、人間へと戻っていった。
確かそこで意識を落としたんだと、今更になって理解した。
何も答えないわたしに焦れたのか、イリアさんが急かすように言う。

「あんたから光が溢れたと思ったら、それが二人を包んで。気が付いた時には肝心なあんたは倒れてるし、二人の姿は人間に戻ってるし」
「…はい」
「あれ、一体どうやったのよ。…ナマエ、あんたまさか、また無茶したんじゃないでしょうね?」

鋭く睨み付けられ、反射的に口にしようとした謝罪の言葉も遮られる。
無茶なんてしていない。ただ、あの二人を助けなければと、思ったから。気が付いた時には再び手を伸ばして、やっとその手が触れたと思ったら、懐かしい痛みに襲われて意識を失った。
結果、どうしてかは分からないけれど、あの二人は助かった。
説明する言葉が見付からずに、ただ静かに首を横に振った。イリアさんは大袈裟なまでにため息を吐き、わたしの頭を乱暴に掻き混ぜた。

「うあっ、ちょ、まっ、イ、イリアさん!」
「ナマエのくせに生意気なのよ、馬鹿!」
「なっ、何なんですかそれー!」
「うるさいわね!ナマエなんかルカちゃまと同じくらいウジウジしてるくせに!」
「ええー!?」

さ、さすがにルカさんまではいかないと思ってたのに!
いやわたしだって普通の女子高生だからそれなりに年相応というか、別に決して大人しい性格なんかしてない。ただ元から人見知りで、異世界なんて環境だからより拍車がかかって。そうしている内になかなか本来の自分を取り戻せずにいるというか、何というか。
イリアさんはわたしの頭をまるで鳥の巣のようにしてしまうと、鼻を鳴らして早足に医務室を去って行った。

「…な、何がしたかったんですか…」

ため息を吐き頭を元通りにするのを諦めて、一人静かに医務室を見渡す。
いつもはアニーさんやナナリーさんがいる医務室も、今はわたしだけ。
頭からシーツを被ると、そこだけまるでわたしだけしかいない世界になったようで。

脳裏に焼き付いた未来に瞼を閉じて、震える嗚咽を噛み殺した。


menu

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -