甲板に出れば、乾いた風が勢い良く吹き付けてくる。風に舞い上がった砂が目に入りそうになって慌てていると、柔らかい笑い声が聞こえてきた。
スパーダさんに連れられて来た甲板には、見ればアンジュさんにイリアさん、クレスさんがいた。

「連れて来てくれてありがとう、スパーダ君」
「遅いわよ。…ってか、あんたら何かあった?」
「え、べ、別に、何もないですよ、ね?」
「お、おう」

胡散臭そうに睨んでくるイリアさんから、揃って視線を逸らす。
あからさまに怪し過ぎるわたし達の態度に、イリアさんはただ睨み付けてくる。そんな視線に耐え切れなくなったのか、スパーダさんはひらひらと手を振って、ホールへと戻って行った。
その耳が少しだけ赤かったような気がして、わたしは余計に恥ずかしくなる。

「スパーダったら、何か変だったわね」
「き、き、気のせいじゃないですか?」
「やっぱりあんたら何かあったんでしょ。吐きなさい。ほら、今すぐ速やかに吐きなさい!」
「な、何もありません!何もないですからー!」

目を輝かせたイリアさんに胸倉を掴まれ揺らされる。慌てて止めに入ってくれたクレスさんに助けられ、揺れのせいで込み上げた酔いに呻いた。
その一部始終を楽しそうに眺めていたアンジュさんは、酔いが治まる頃にわたしの頭を撫でた。

「何も、変わりはないのよね?」
「はい、全然変わりはありません」
「…そっか。なら、本当は心配だから船にいてもらいたいけど、いつまでもそうして閉じ込めているわけにはいかないものね」
「はい、ナマエ」
「え、あ、杖…。ありがとうございます、クレスさん」

クレスさんに手渡された杖を握りしめる。
もしかして、と期待をこめてアンジュさんを見つめれば、アンジュさんは苦笑して頷いた。

「ええ、依頼に復帰してもらいます」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし!何か体に異変があったら、依頼を破棄してでもすぐ船に戻って来ること。良い?」
「はい!」

やっと役立たず返上だと勢い良く何度も頷く。
クレスさんによかったねと頭を撫でられながら、アンジュさんに頭を下げた。
わたしだって、怖くないはずがない。あのコクヨウ玉虫だったものを見る度に、背中に冷たい不安が這って震えていた。
けれど、わたしなんかよりもっとみんなが不安そうな顔をしていたから。頑張って笑顔で大丈夫だと、まるで自分に言い聞かせるように繰り返していた。
正直に言って、もう限界だったのだ。

「それじゃ、行くわよ」
「え?」
「依頼よ、依頼。ほら、早く準備して」
「も、もうですか!?」
「当たり前じゃない!今回の依頼に連れて行きたくて、アンジュに直談判したんだから」

イリアさんが言ってくれたんだ。驚いて彼女の顔を見つめれば、わたしの視線に気付いて頬を染めて顔を逸らした。
その後ろで、アンジュさんとクレスさんが微笑ましそうにイリアさんとわたしを眺めている。

久しぶりに、本当の笑顔になれた気がした。


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