お手上げだとでも言うように、リタさんがため息を吐いた。

「…駄目、何も分からない。コクヨウ玉虫の変化についても、赤い煙によるあんたへの影響も」

研究室の片隅には、変な機械にかけられているコクヨウ玉虫だったものがいる。それを眺めるわたしに何を思ったのか分からないけれど、リタさんは焦ったようにその手でわたしの視界を遮った。

「とにかく、今のところは何の異常もない。だからといって、これからも何もないとは言えないけど…」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。今までだって特に何もなかったんですから」
「あんた自身のことなんだから、もっと心配しなさいよ!」
「あいたっ」

自由になった目に代わり痛む頭を押さえる。鼻を鳴らしたリタさんに笑いかければ、鋭く睨み付けられた。
リタさんがわたしを心配してくれているのは痛いほど分かってる。彼女の目の下に濃く刻まれた隈が、その証拠だ。
研究室メンバーを始め、アドリビトムのみんながわたしのことを心配してくれた。研究室にいるわたしを毎日のように訪ねてくれて、その都度変わりはないかと不安そうな顔で聞いてくる。
それなら、わたしが暗い顔をしていられない。

「わたしなら大丈夫ですから、依頼には行かせてください」
「駄目よ、絶対に駄目。あたしの目の届かないところで、もしも、あんなことになったら…」

リタさんは焦燥したような顔で、口を閉ざす。
彼女の言いたいことは、痛いほど分かる、けど。

「そんな過保護にしたところで、どうにかなるモンじゃねえだろ」

呆れたような声がした。
いつの間にか、スパーダさんが研究室の壁に寄りかかってわたしを眺めていた。壁から背中を離してこちらに歩み寄って、リタさんに鋭く睨み付けられても軽く受け流してわたしの手を取る。

「ス、スパーダさん?」
「ちょっと!」
「いい加減にしろよ。コイツが心配なのは分かるけどな、こんなところに閉じ込めたってお互いに擦り減ってくだけだぜ」

リタさんが言葉に詰まった隙に、強く手を引かれて走り出す。
扉が閉まる前にと、慌ててリタさんに叫んだ。

「リタさん!あの、心配してくれてありがとうございます!でも、わたしなら大丈夫ですから!」

扉が閉まる直前、馬鹿、と小さく罵る声がした。





スパーダさんと手を繋いだまま、廊下を歩く。
最初は彼の行動の意味が分からなくて首を傾げていたけど、同い年くらいの男の子と手を繋いでいるという事実に気付いてしまってからは、そんなことを考えている暇はなくなった。
わたしの手を引いて少し先を歩くスパーダさんが振り向かないことを祈りながら、火照る頬を手で冷やす。
アンジュさんは席を外しているらしいホールで、足を止めた。

「…あ、あの、スパーダさん」

スパーダさんが何もいわずに振り向き、腰を曲げて下からわたしを見上げるように眺めてくる。
近すぎる顔に心の中で悲鳴を上げて離そうとするが、繋がれたままの手がそれを阻止した。
首まで赤くしたわたしに満足したように、スパーダさんは意地悪く笑う。

「前にガン付けてくれたお返しだ」
「はっ?な、何ですか、それ…」
「覚えてねえのかよ」

不満そうに眉を寄せ睨み付けられ、一歩後退る。覚えてないですごめんなさい、とプライドを投げ捨てて土下座しようかと思い始めた時、スパーダさんは軽く笑ってわたしの手を引き歩き出す。
甲板へと続く扉まであと一歩というところで、わたしは耐え切れず悲鳴を上げた。

「あのっ!い、いつまで手は、繋いだままなんですかっ?」
「あ?」

恥ずかしさでいっそ死にたくなってきたわたしを振り向き、スパーダさんは怪訝そうに眉を寄せ、繋いだままの手を見下ろした。それから少しだけ沈黙し、急に振り払うように離された。

「わ、悪い。忘れてた」
「だっ、だっ、大丈夫、です」

気恥ずかしい沈黙が続き二人して押し黙る。
スパーダさんの顔を見れなくて俯いたままだったけれど、一瞬だけ見えた彼の顔までわたしと同じように赤く染まっていた気が、した。


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