「ナマエ、もうすっかりここに慣れたみたいね。仕事もすごく頑張っているし」
「えっ、そ、そうかな」
「うん!私も嬉しいな。ナマエが楽しそうにしてくれてて」
「…うん。わたし、すごく楽しいよ。カノンノ、ありがとう」

カノンノと依頼をするのは、実は久しぶりだったりする。部屋に帰れば顔を合わせるし、その日にあったことをお互い報告してから、一緒のベッドで眠りに就くことだってある。わたしがたくさんの人と関わり合い、たくさんの友達が出来たとしても、カノンノが一番の友達であることに変わりはなかった。
久しぶりに二人での依頼を終え、船に戻って来て笑い合う。彼女は相変わらず操舵室がお気に入りだった。

「体の方は大丈夫?」
「全然大丈夫だってば。カノンノ、毎日聞いてくるね」
「だって心配なの、ナマエが」

拗ねたように唇を尖らせて頬を染めたカノンノ。思わず小さく笑ってしまえば、カノンノはもう、と呆れたように言ってから、わたしに釣られるように笑った。

「…その、リタ達に聞いたんだけど、まだチキュウに帰る方法が見つからないって…」
「あ、うん。まだ…」
「そ、そっか…」

カノンノは膝の上に置いたスケッチブックの紐を弄り、首を傾げるわたしを窺いながら、目を伏せながら口を開いた。

「…ごめんね。私、ナマエにチキュウに戻ってほしくないって思ってる」
「カノンノ…?」
「折角こんなに仲良くなって、一番の友達になれたんだもの。…ごめん。ごめんね、ナマエ」

いつか、いつの話だっただろうか。
帰りたくないわけじゃない。でも、出来ることならもう少しだけ、ルミナシアにいたい。
そう願ったのは、わたしだ。スケッチブックの上で小刻みに震えているカノンノの手を握る。

「わたしね、いつか帰る方法が見つかっても、まだもう少しだけルミナシアにいたいな」

カノンノが弾かれたように顔を上げる。そんな彼女に笑いかけて、操舵室から見える空の先を眺めた。

「赤い煙のことが気になるの。どうしても、あれを何とかしたいんだ」
「…そう、なの?」
「うん。それにね、帰る方法が見つかるのなら、チキュウとルミナシアを行き来するような方法も見つけたい」

我儘で欲張りな願いだと思う。それでも、言うだけなら別にいいでしょ。誰に言い訳するでもなくそう心の中で一人納得していれば、カノンノが花のような笑顔でわたしに抱きついた。彼女を受け止めきれずに、背中から床に倒れ込んだ。
苦笑して、震える背中を撫でる。微かに聞こえてきた嗚咽にわたしの涙腺まで刺激されそうになった頃、平和を裂くような悲鳴が、響き渡った。





カノンノをその場に残して、研究室に飛び込む。その瞬間、何かに飛びつかれてまた背中から倒れ込んだ。二度も打ち付けた背中に呻き声を上げ、わたしに抱きついたままのイリアさんを引き剥がす。彼女は真っ青な顔のままわたしの背中に隠れた。

「ちょ、何なんですか、どうしたんですか!?」
「ナマエ!み、見てよあの虫!あんなんなっちゃってんのよ…!」

震える指先で示された先には、ウィルさんとハロルドさんが覗き込む虫籠があった。あれは確か、オルタータ火山で赤い煙に触れたコクヨウ玉虫のはず。虫は嫌いだけど、赤い煙の手がかりだからと時々見に来ていた。
戸惑いつつイリアさんを背中に貼付けたまま虫籠に近付き、息を呑む。

「羽根も鉱物のように固いわね。そして、呼吸をするための気門がない。目も口もなくなってる。生物としてあるべきものが欠けているわ」

コクヨウ玉虫は、漆のように鮮やかな黒色をしていた。リタさんにわたしの髪と同じ色だとからかわれたこともある。それなのに、今はどうだ。
羽根は石のような、宝石のようなものに変化し、かろうじて虫としての形は保っているも、生命の気配がしなかった。
まるで、コンフェイト大森林で見たあの花のように。

「こ、これってあの赤い煙のせいなわけ?」
「その可能性は濃厚ね」
「…じゃあ、あの赤い煙に触れたナマエもこうなるってこと?」

研究室の空気が凍りついた。ウィルさんとハロルドさんも顔色を変え、わたしを見る。
わたしはただ、コクヨウ玉虫だったものを眺めていた。もはやこの世界の生物でなくなった、それを。触れようと伸ばした手は、強く掴まれた。

「何やってんのよ、この馬鹿!」
「えっ、あ、…え?」
「もうあんたが触っていいもんじゃないでしょ、これ!ちょっと、この子どうすんの!?」
「もう一度検査するわ。悪いけど、リタとアニーとキールを呼んで来て」
「俺が行こう。アンジュも呼んだ方がいいな」

扉が開く音がして、ウィルさんが出て行った。
もどかしそうな顔をしたイリアさんの手は熱く、わたしの手は相変わらず冷たいままだった。


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