何度も頭を下げて去って行くジョアンさんの顔は晴れやかだ。それもそのはず。彼を蝕んでいた病は、もうすっかり完治していた。
赤い煙に触れて痛みを覚えたわたしは、念のためと医務室に送られ、ちょうど勉強会を開いていたらしいアニーさんとルカさんに一通り診てもらった。

「…特に、変わったところはありませんね」
「ナマエ、もう痛いところはない?」
「はい、大丈夫です」

ルカさんに支えられつつ体を起こす。もう痛みはないけれど、何だかとても気分が良くない。
どうにもすっきりしない終わりだ。結果として、ジョアンさんは助かったというのに。

「…でも、不思議だね。赤い煙でジョアンさんの病気は治ったのに、同じく赤い煙に触れたナマエは痛みを感じたなんて」
「そうですね…。やっぱり、赤い煙は人体に悪影響なんでしょうか」
「でも、ジョアンさんは確かに治ってるんですよね?」
「はい、確かに」

念のためジョアンさんのことも診たアニーさんに聞けば、不安そうにしながらもしっかりと答えをくれた。
分からないことだらけで頭が痛くなりそうだ。ここで考えていても仕方ない。アニーさんに書いてもらった診断書を手に、医務室を後にした。





ホールにはアンジュさんとウィルさんがいた。
アンジュさんはわたしに気付くと、ウィルさんとの話を中断して駆け寄って来る。

「ナマエ、大丈夫だったの?どこか変なところとか、まだ痛いところとかはない?」
「だ、大丈夫ですよ。ほら、アニーさんの診断書という証拠が…」
「そう、良かった…」

アンジュさんは心底安心した様子で胸を撫で下ろす。責任感の強い彼女のことだ。わたしに依頼を勧めたことを悔やんでいたのだろう。
受け取られずに宙を彷徨う診断書を、ウィルさんが代わりに受け取った。ウィルさんはそれを眺めて小さく息を吐く。

「特に異常はなし、か」
「はい。もう痛いところもありません」
「そうか。いや、良かった。赤い煙による人体への影響は未知数だったからな」

変わりがなくて何よりだと、ウィルさんは優しく頭を撫でてくれた。
大きくて暖かい手は安心する。まるでお父さんに撫でられているようで。

「でもジョアンさんには影響があったのに、ナマエには何もないっていうのも、少し不気味ね…」
「ああ。やはり、単なるガスなどの物質とは考えにくいな」
「わたしも…ちょっと、そうは思いません」

言葉で表現は出来ないけれど、あれは駄目だと、そう思う。根拠もなければ証拠もない。それどころかこうしてジョアンさんを救ったというのに。
まだ微かに、胸騒ぎがわたしの中で疼いている。

「赤い煙が危険なものかどうかすら分からない以上、これ以上これに関する依頼を受けないことにしたわ」
「他にもこんな依頼が来てるんですか?」
「ええ、護衛の依頼が殺到してるのよ。例の病気を治す存在の元へ連れて行ってほしいって」
「寧ろ今後は、接触させないようにするべきだ」

ウィルさんの言葉に小さく頷いた。あれに触れてはいけない。胸騒ぎが、そう告げていた。

手が届かなかった結果をわたしが知るのは、少し先のことである。


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