今にも倒れそうだというのに、死にたくないという一心で先頭を歩くジョアンの背中を見る。
同じようにジョアンさんの背中を見ていたマルタさんが、小さな声で問いかけた。

「…ねえ、ファラとナマエは、死を覚悟したことって、ある?」

驚いてマルタさんを見れば、漠然とした死への不安と恐怖が、彼女の横顔を曇らせていた。

「もし、自分が今ここで死んじゃうんだって思ったら…その時誰を、何を思うものなのかな」

誰より、何よりも早く、お父さんとお母さんの顔が浮かんだ。きつく唇を噛み締めてジョアンさんの背から目を逸らす。

「…どういう状況で、死を覚悟するかにもよると思うよ」

軽く目を伏せたファラさんが、そう呟いた。
いつも明るい笑顔を浮かべている彼女の横顔は、蝋燭の明かりに照らされて影が出来ている。

「…なんてね、ちょっとシリアスになっちゃったかな。ねえ、ナマエはどう思う?」

しかしすぐに影は消え、ファラさんはいつも通りの笑顔を浮かべる。
彼女に声をかけようとして、けれど逆にそう聞かれてしまったわたしは、慌てて言葉を探す。

「え、えーと、わたし、は…」

手にした蝋燭の明かりがわたしの足元を照らし、影が揺らめいている。
それを見つめながら、口を開いた。

「一回死んでみないと、分からないと思います」





ブラウニー坑道の奥は、特に他と変わりはない。
覚束ない足取りで進んでいくジョアンさんを支えつつ、その突き当たりの中央に立つ。

「ジョアンさん、ここで大丈夫なんですか?」
「…は、はい…。ここで大丈夫なはず、です…」

魔物を警戒するように入口に立ったままの二人を振り返るも、それらしきものは見つからず、ただ戸惑ったような表情をしていた。
酷い咳を繰り返すジョアンさんの背中を宥めながら、部屋を見渡す。

「ジョアンさん、その病気を治す存在の特徴とか分かりますか?」
「特徴と、いいますか…ぐっ、…ミ、ミゲルは、赤い煙だと、言っていました」
「え、」

驚いて固まるわたしの手を離してジョアンさんは一人で立ち、祈るように空中に手を伸ばす。

「ミゲルの病気を治してくれた方、ゴホッ、う、…ゲホッ、…はっ、どうか、私の病気を、治してください!」

暗い坑道内に、ジョアンさんの泣き叫ぶような声が響く。その背に伸ばした手は、わたしの足元から現れた赤い煙に遮られた。
これが、赤い煙。毒々しいまでに深紅の煙は、ジョアンさんと一緒に驚き固まったままのわたしまでも包み込んだ。

「ナマエ!」
「だっ、大丈夫です!」

口元を覆い、煙を掻き分けてジョアンさんを探した。胸騒ぎは止まない。それどころか。胸騒ぎから溢れ出す衝動のまま、必死にジョアンさんに手を伸ばす。これは駄目だと、これはいけないと、わたしの中で何かが叫んでいる。
鮮やかに目を突き刺す赤色に惑わされながらも、ジョアンさんの背を見つける。冷たい指先が触れそうになったところで、体に異変が起こった。

「う、ああ…っ」

思わず呻き声を上げて、赤い煙の中に蹲る。
指先から爪先から、何かが流れ込んでわたしの中で何かを壊していく。
どこかデジャヴュを感じながら、赤い視界の中で必死に手を伸ばす。もう一度その背中に触れようと伸ばした手は震えて、強く唇を噛んだ。

赤い煙が薄らぎ、晴れていく視界に背中が映る。
背筋を伸ばして立っているその背中に沸き上がる違和感。
奇跡だと言う声を遠くに聞きつつ、届かなかった手を見た。


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