キールさんからの情報でオルタータ火山への調査の依頼が登録され、もちろん行かせてくださいと立候補したわたしだったけれど、アンジュさんから笑顔で却下された。
どうしてと聞くまでもなく、肩を叩かれる。

「ハーイ、研究室に行くわよ〜」
「ほら、さっさとする」
「アンジュ、借りていくぞ」

問答無用で研究室に連行されるわたしの頭の中では、荷馬車に曳かれ行く仔牛の歌が流れていた。





アドリビトムの頭が良いメンバー、ただしウィルさんを除く。
つまり、現在この部屋には唯一の常識人が欠けていた。そしてそのウィルさんといえば、生物変化を起こす赤い煙に興味を持ったらしく、わたしと入れ違いにオルタータ火山の調査に行ってしまった。わたし、正体不明の赤い煙に負けたのか。

「ぐふふ、やっとナマエを調べられるのね〜!」
「そこまで緊張しなくていいわ。とりあえず今回はちょっと質問に答えてもらうだけだし」
「あ、あれ、そうなんですか?」
「こーんな面白い依頼、簡単に終わらせるなんて勿体ないじゃない!」

ハロルドさんが楽しげに機械を弄りつつ、頻りに目を輝かせる。どうやら今まで逃げ回り、生贄として差し出した鞄と荷物しか調べられなかったことが、大分不満だったらしい。
もう逃げられない。ここまで来てそれをようやく悟り、わたしは研究室の真ん中に設置された椅子でうなだれた。
忙しくて忘れかけていたけれど、そもそもわたしは依頼料を稼ぐためにも働いていたのだ。どうやらハロルドさん、リタさん、キールさんという頭の良いメンバーが揃ったので、ようやくアンジュさんが依頼を登録してくれたらしい。ウィルさんは今回は欠席だ。
受けてくれたのはありがたいし、もしも帰る方法が見つかれば嬉しい。

「………帰る、か」

帰りたくないわけじゃない。お父さんに、お母さんに会いたい。
けれど、もしも少しだけ我儘が許されるのなら、もう少しだけ、ここにいさせてほしい。

「キール、ナマエの健康状態は大丈夫?」
「ああ。アニーに調べてもらったが、至って健康だ」

キールさんが眺めているのは、さっきアニーさんから渡されたわたしの健康診断結果だろう。
…あれ、もしかしてそれって体重とスリーサイズも書かれてたり、しませんよ、ね。

「それじゃ、始めましょうか」
「頼んだわよ、キール」
「ああ、任せてくれ」

何が始まるのか。身構えたわたしに、キールさんは紙とペンを手に質問を始めた。

「お前はチキュウという異世界からルミナシアに来て、ルバーブ連山の峠で目覚めた。光を纏って空から降りて来た、とカノンノが言っていたが、覚えているか?」
「お、覚えてません」
「その日、世界樹が光を発するという現象が観測されたけど…それとの関係性も調べなくちゃね」

リタさんの呟きに、そういえばあの時見た世界樹は、微かに光っていたような気がすると思い出しす。キールさんの質問は続いた。

「お前がルバーブ連山で目覚める前に、この世界にやって来る何らかのきっかけがあったはずだ」
「きっかけ…?」
「ああ、分かるか?」

キールさんの真剣な視線から逃れるように俯き、記憶を辿る。
正直に言うと、この世界に来てから起きたことが強烈すぎて、どうしてもそこまで思い出せない。必死になって唸るわたしに、キールさんは早々に質問を切り替えた。

「その日、ルミナシアに来るまでのことを順番に思い出せるか」
「順番に…朝から、ですか?」
「思い出せるところからでいい」
「ええと、…確かその日は、わたし、日直で…」

そう、だから早めに家を出たんだ。数学の教科書を忘れてしまって、違うクラスの友達に借りて。体育はバドミントンをして、お昼休みには友達とお弁当を食べて。

「それから、友達が部活で、わたしが日直で…。先生から頼まれた仕事が終わった頃には、もう外は真っ暗で…」

慌てて日誌を提出して、学校を出て。
そこから先が、思い出せない。

「…すみません、ここまでしか……」
「学校を出た後、家には帰れたのか?」
「……い、いや、多分、帰ってない、です」

頭に鈍痛が響いている。
顔色の変わったわたしにこれ以上は無理だと悟ったのか、機械を眺めていたハロルドさんとリタさんもやって来た。

「ま、正直期待はしてなかったし、今回はもういいんじゃない?」
「そうねえ。さすがにそう簡単にはいかないか。ぐふふ、やり甲斐があるじゃないの」
「もしかして外部からの抑制が働いているのか?いや、しかし…」
「記憶の欠如は自己防衛本能からっていうことも有り得るわね」
「ただ単に頭を打っただけかもしれないわよ?ああ、でもカノンノに発見された当時、怪我はしてなかったんだっけ」
「だとすると、やはりあれが…」
「そうじゃなくて、これがああなって…」
「違うわ、あれがそうして、これが…」

聞いたこともない単語が飛び交う、頭の良い人達の会話。もちろんわたしがそれに参加することなんて出来ず、頭を押さえつつため息を吐く。

ぼんやりと、まるで霧に隠されたような記憶。
その向こうにあるはずの真実を、わたしは確かに恐れていた。


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