「はあ…やっと荷解きが終わった」
「長旅お疲れ様。キール君、メルディ」
「メルディ、お疲れだよう…」

キール・ツァイベルさんとメルディさんがこの船に戻って来たのは、ほんの少し前のこと。
通っていた大学が戦争のせいで休校となり、再びアドリビトムで働くことにしたそうだ。元々このギルド発足時からのメンバーだそうなので、わたしの先輩だ。
アンジュさんは二人に星晶採掘跡地に起きている生物変化に関しての情報収集を頼んでいた。
アンジュさんに許可をもらって、わたしも二人の話を聞かせてもらう。
長旅で疲れている二人のためにとロックスさんがくれたクッキーと、わたしがいれた紅茶を手土産にして。

「ナマエ、キール君達はね、持続可能な社会を研究しに大学へ行っていたの」
「持続可能な社会?」
「僕達の世代が将来の世代の為に、環境をありのまま利用して充足した社会を作る、っていうものさ。よって、星晶の採掘も行わない」

目を輝かせ、それについて語るキールさんは子供のようだ。しかし残念なことにわたしの頭ではその説明では分からない。
理解しようと考え込んだわたしに、アンジュさんがかみ砕いて説明してくれた。

「人間が自然を壊さず、調和して、人々が生活する為の衣食住が十分に行き渡る社会。その理念で運営する村、オルタ・ビレッジを作るのがアドリビトムの目的なの」
「そ、そうだったんですか…」

アドリビトムに加入してもう一ヶ月近く経つが、そんなことは初耳だ。
オルタ・ビレッジを各地に作り、ヘーゼル村のように大国に搾取され尽くした人達を移住させる。アンジュさんの説明に、わたしも目を輝かせた。

「すごいですね!そんな村が実現出来たら、すごく素敵です!」
「はいな!みんな幸せ、みんな仲間、みんな友達がなれる村!」
「もっと依頼を頑張ってお金貯めましょうね、アンジュさん!」
「うん、そうね。ありがとう、ナマエ」

アンジュさんとメルディさんとわたしが盛り上がる傍らで、キールさんは大きくため息を吐いて紅茶を飲んだ。

「大学が休校になってしまった以上、ここで研究を続けるしかないな」
「そうそう、あの現象については?」
「星晶の採掘跡地で起こる、生物変化現象か」

キールさんが眉をひそめて少し考えるように沈黙し、再び紅茶を一口飲んでから、口を開いた。

「僕が街で聞いたのは…生物に変化が現れた場所には、赤い煙のようなものが現れていたらしい。その後、生物への変化が見られたと言うが」
「赤い煙?」
「その赤い煙も、ほんの数日現れただけな。今は消えてしまってるそうだよう」

メルディさんが残念そうに言う。
星晶採掘跡地で見られる赤い煙に、どんな意味があるのか分からない。もしかしたら前にフィリアさんが言っていた通り、採掘途中に有毒なガスを掘り当ててしまったのかもしれない。それなら話は通るけれど、どうにも違うような気がする。

「ナマエ、あなたがコンフェイト大森林の採掘跡地に行った時は見なかった?」
「いえ、そんなのは見なかったです…」

あの冷たい場所に、色はなかった。思い出せるのは、脆く崩れた花だけ。

「確か、オルタータ火山が数日前に採掘を終えたと聞いたな。行ってみてはどうだ?」
「そうね。でもその前にキール君に是非頼みたい依頼があるの」

アンジュさんがどこかから紙を取り出す。それをキールさんに渡し、すぐにわたしに耳打ちした。

「ナマエ、ケータイを出しておいて」
「え?は、はい」

携帯依存症、というわけじゃないけれど、現代女子高生としての悲しき性か、例え電波が入らなくても携帯がないと落ちつかない。
さすがに依頼に持って行くことは出来ないので、外に出る時はアンジュさんに預かっていてもらっている。ポケットから携帯を取り出し、笑顔のままのアンジュさんと対照的にどんどん顔を強張らせるキールさんを見た。

「アンジュさん、キールさんにどんな依頼を頼むんですか?」
「キール君みたいな、頭の良い人専門の依頼よ」
「それならウィルさんやハロルドさんやリタさんがいるじゃないですか。せめて、もう少し休んでからでも…」
「ナマエ」

クッキーを取ろうと伸ばしたわたしの手は、白くて細い手に奪われた。
遠慮のない強い力で握られた手と、呼ばれた名前に驚く。ペン胼胝だらけの固い手の平と、じわりと滲みてくる熱に緊張して、顔が火照る。
紙から上げられた顔は、興奮と戸惑いに染まっていた。

「お前、異世界から来たって本当なのか?」

とりあえず黙って、携帯を差し出した。


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