血が足りないのか、頭がくらくらする。思わず膝を崩して座り込んだ。

「ナマエ、大丈夫か」
「だ、大丈夫、です…」
「戦闘が終わって、気が抜けたのかな」
「…仕方ありません。ナマエさんには、初めての対人戦闘でしょう」

シングさんが優しく背中を撫でてくれる。暖かな手の温もりが、冷たくなった背中に溶けていく。
そういえばわたし、人と戦ったんだ。そして、人を、傷つけたんだ。
地面に見つけた血の跡を見て、わたしはぼんやりと、そう思った。

「…あ、あの、助けていただいて、ありがとうございます」

気まずくなった雰囲気をか細い声が和らげた。
振り向けば、ピンク色の髪をした王女様が深く頭を下げている。
異世界の王女様に頭を下げられるという非常事態に固まるわたしに気付かず、王女様は続ける。

「わたし、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインと言います。エステルって呼んで下さい」

果たして王女様のお名前を略して呼んでいいのだろうか。わたしと同じように固まっているミントさんに聞きたかった。
しかし遠くから、エステルと彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。茂みを掻き分け現れたのは、息を切らした女の子だった。その後ろから、女の子とは反対に涼しげな顔をした男の人が現れる。王女様がたちまち嬉しそうな顔になり、女の子は一目散に王女様に駆け寄った。

「良かった、エステル!怪我は?怪我はない?」
「はい、大丈夫です。この方達に助けていただきました」

王女様の返答に、男の人は長い綺麗な黒髪をかいて安心したようにため息をつく。しかし、その目が座り込んだままのわたしを捉え、眉を潜めた。

「そこのお嬢さんは、あの変な口調の奴に?」
「えっ」
「はい…。彼女はわたしを庇ってくれました」
「…そうか。悪かった、エステルを攫われたのは俺の不手際だ」
「い、いえ!全然、何もなかったので!」
「そんだけ服を血で汚しといて、説得力ないぜ」

男の人に茶化すようにそう言われて自分の姿を確認すれば、確かに説得力皆無な格好だった。
攻撃を受けたのはサレの術一度きりだけど、腕はすっぱり切れていてなかなか血が止まらなかった気がする。腕だけじゃなく、胸辺りやスカート、足まで血で汚れていた。
傷自体は消えているとはいえ、惨劇一歩手前な状態に今更ながら血の気が引いた。

「それで、あの変な口調の奴は?」
「駐在しているヘーゼル村に戻ったのだろう」

ヴェイグさんの言葉に、はっとして顔を上げる。慌てて立ち上がろうとすれば足に力が入らない上に頭がくらくら揺れていて、そのまま地面に倒れ込んでしまう。

「ナマエさん、まだ動いては駄目です!」
「そうです、どうか休んでいてください!」
「でも、でもっ、ヘーゼル村の人達、に…!」
「…いや、今回はもう駄目だ。戻ろう」

ヴェイグさんが喉の奥から搾り出したような低い声で言う。まさか、ヴェイグさんがそんなことを言うなんて。信じられないような気持ちで見上げれば、彼の顔は悔しげに歪んでいた。

「…この一件でサレの監視が厳しくなって、俺の仲間も外には出られない状態になっているかもしれない」
「…そっか、そうだね。こんな状況で落ち合うのは危険だ」
「……そんな…」

助けられるとは思っていなかった。それでもせめて、彼らの役に立てると思ったのに。彼女に、心からの笑顔を浮かべてほしかったのに。
深くうなだれるわたしの肩をミントさんが優しく撫でる。緩く首を振ってそれを遠慮すると、彼女は立ち上がり王女様達と話を始めた。
馬鹿みたいだ。わたしよりもっと、ヴェイグさん達の方が辛いだろうに。どうしてこの依頼を選んだかを話した時、ヴェイグさんが浮かべた表情が忘れられない。

「ねえ、ちょっと」

遠慮がちに肩を揺すられて、ゆっくりと顔を上げる。そこにはさっき王女様に駆け寄っていた女の子がいた。わたしの顔を見て、眉を潜める。

「あんた、結構やばいんじゃないの?顔色だって随分悪いわ」
「本当ですね…。こればかりは術では治せませんし、船に戻ってアニーさんに見てもらった方がいいかもしれません」
「ナマエ、立てる?」
「…っ、は、はい」

シングさんが差し延べてくれた手を握り立ち上がろうとするも、どうしてか体中に力が入らない。それでもどうにか立ち上がろうとすれば、すかさずみんなに止められる。

「立てないなら俺がおぶろうか?」
「だ、大丈夫です!立てますから…!」
「ナマエさん、無理をしてはいけません。ここはお言葉に甘えて…」
「シングさんだってサレとの戦闘で疲れてるはずです。わたしだけ楽をするなんて、そんなの…」

出来ません、と続けようとしたわたしを遮るように、視界に影が差す。
見上げればすぐ近くに、黒髪の男の人の、端正な顔があった。いきなりの美形のアップに続けるはずだった言葉を忘れて、ただ情けない悲鳴を上げた。

「それなら俺がおぶる。これで問題解決だろ」
「いっ、いえ、あの!」
「問題解決、だろ?」

むしろ問題大ありです。
口を開こうとしたわたしに、彼がより顔を近付けてくる。それだけで何も言えなくなることを、彼はもう正しく理解していた。
白々しくも首を傾げ、意地悪な笑顔でそう言われる。口元が引き攣るのがわかった。

「…何だか、楽しんでません?」
「何のことだか」

船に戻るまでわたしが彼にからかい続けられたのは、言うまでもない。


menu

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -