「何のつもりだい?」

震える足を叱咤し、サレと王女様の間に割り込んだ。背後に庇った彼女が息を呑む。
サレが面白そうに、目を見開く。氷のように冷たい美貌が、楽しげに歪んだ。
右腕から流れる血が止まる気配はない。震える左手で杖を握り、サレに向ける。

「…それ以上、近付かないで、ください」

サレの後ろでヴェイグさんが驚きに目を見開き、シングさんがわたしの名前を叫んでいる。けれどすぐに魔物と向き合う。ミントさんが倒れ、わたしもこうして術が使えない今、あの二人も傷だらけだ。それでも諦めることなく立ち向かう。
情けないわたしとは、大違いだ。

「震えるほど僕が怖いくせに、どうして刃向かおうとするのかな」

剣に杖が叩き落とされ、反射的に目を閉じたわたしの顎を、手袋越しでも冷たい手が掬う。
間近に迫る美貌に、胸が一際大きく鼓動を打つ。それはときめきなんていう甘いものじゃなく、確実に恐怖からだった。
サレの口元に浮かぶ笑みは、震えて歯を鳴らすわたしを嘲笑うよう。

逃げたい。でも逃げたくない。怖い。でも、それでも、優しい人達に報いたい。
無力なわたしでも、誰かの役に立てるように。

「フォトン!」

光がサレを包む。わたしと同じようにサレも目を見開き、素早く手を離して光を避ける。
すかさず地面に放り出された杖を取り、感情のままマナを杖に集め、振り上げた。

「エアスラスト!」

風の刃がサレを包み、わたしはすぐにきつく目を閉じた。刃が肉を裂く音だけが、塞ぎ忘れた耳に届く。それを掻き消すように、誰かがわたしの側に走り寄った音がした。

「ナマエ、大丈夫!?」
「ナマエさん!」
「シ、シングさん、ミントさん…」

呆然としたままのわたしの腕を取り、ミントさんが術をかけてくれた。
どうして、と思っていれば、血溜まりに落ちたライフボトルの瓶が開けられているのに気付いた。

「ナマエさんがライフボトルを取り出していてくれたおかげで、シングさんに助けていただけました」
「サレがナマエに気を取られてたのが、ラッキーだったかな」
「…退け、サレ」

痛みがゆっくりと引いていく。柔らかい光に包まれる腕から目を逸らし、サレと睨み合うヴェイグさんの背中を見る。
腕を押さえ地面に膝をついたサレは、傷だらけだった。青色の軍服は血に染まり、息を荒げてヴェイグさんを、その背中に守られるわたしを睨んでいた。
彼が体中に負った傷は、紛れもなくわたしがつけたもの。直視に耐えず、再び目を逸らす。

「これまで僕は、ずっと人の心を馬鹿にして生きてきた…」

一触即発の状況で、サレが俯き、そう囁くように言った。サレの言葉の意図が分からず、眉を潜める。

「でも、キミ達との戦いで心の大切さってやつを学ばされたよ。ああ、今まで大きな間違いを犯していた」

まるで改心したようなことを言う。でも、彼がそういう人じゃないことくらい、わたしにも分かっていた。

「よく、分かったよ。心の力は強くて、大きい。…そして、実に不愉快なものだと!」

顔を上げたサレは、鋭くヴェイグさんとわたしを睨みつけた。先程とは比べものにならない、確かな憎しみが篭った瞳で。

「次は本気で叩き潰す。君達の…人の心をね!」

ゆらりと、まるで幽霊のような顔色をしたサレが立ち上がる。思わず小さく震えたわたしに、サレは狂気じみた笑みを向けた。

「…ナマエ、君の名前も覚えたよ。絶対に、忘れない」

サレはそう言い残し、傷だらけの体で森に消えていった。ヴェイグさんが剣を鞘に仕舞う。
それが、戦いが終わった合図だった。


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