森の奥から、話し声がする。ヴェイグさんとシングさんは顔色を変えて、剣を抜く。それに釣られるようにミントさんとわたしも杖を構え、茂みを掻き分けて進んだ。

「さあ、僕と来てくれるかな?…ガルバンゾ国王女、エステリーゼ様」

少し開けた所で、二人の人影が見えた。
青色のマントと、紫色の髪。病的に青白い肌と、冷ややかな美貌。わたし達には気付かず、王女と呼ばれた彼女に手を差し延べた。

「…あれが、サレ…?」

わたしの小さな呟きに、ヴェイグさんが頷く。
嵐を起こす力を持ち、シングさんの故郷を壊し、そして今、ヘーゼル村を搾取し続けているウリズン帝国の騎士。
そんな人が、今ここに、わたしの目の前に。強く杖を握りしめる。

「ねえ、あの女の人が危ないよ!」
「ガルバンゾ国の王女、と聞こえましたが…なぜここに…?」
「わからない…。星晶狙いなのは間違いないだろう」
「ナマエ、君は危ないからここにいるんだ。助けよう、二人とも!」

シングさんの言葉に頷くことも出来ず、剣を手に走り出した二人の背中を見つめる。ミントさんも慌てて、その背中を追いかけた。
仕方ない。だってわたしは、まだ見習いだから。それに彼は人間だ、魔物とは違う。強く杖を握りしめた手が、もう隠せないほど震えていた。

「やあ、ヴェイグ。お久しぶり」

ヴェイグさん達に気付いたサレが、嬉しそうに彼を迎える。
遠すぎて会話が聞こえない。だからだろうか、わたしの早鐘を打つ鼓動だけが、わたしの中で響いていた。
サレが静かに剣を抜く。それが、合図だった。





「きゃああっ」
「ミント!」

サレが放つ嵐の魔術に、ミントさんが倒れる。
ヴェイグさんとシングさんはサレが操る魔物の相手に精一杯で、まともにサレと戦うことすら出来ていない。
サレは強かった。シングさんが言った通り、わたしの想像以上に。悲鳴を上げることも出来ずに、震える手でライフボトルを取り出す。こんな精神状態じゃ、まともに術なんて使えない。同じように震える足でミントさんに駆け寄り、傷だらけの体に触れる。わたしとそう年の変わらない、年頃の女の子の、細い体。

「そこの彼女は、ただの足手まといなのかい?」
「ナマエっ、来ちゃ駄目だ!」
「え、…っああ!」

シングさんの悲鳴のような声に顔を上げれば、サレが剣の切っ先をわたしに向けた。
嵐の刃が現れ、ライフボトルを持つわたしの腕を切り裂いた。血溜まりに落ちた瓶を拾い上げることも出来ず、じくじくと痛む腕を抱え、震える。
怖い、痛い、苦しい。
わたしに興味をなくしたのか、サレは王女様に顔を向けた。

「さて、来てくれる気になったかな?エステリーゼ様」
「お願いします!彼らは関係ありません、どうか傷付けないで!」
「エステリーゼ様が大人しくこちらに来ていただけるなら、考えてあげてもいいよ」

痛みと熱と、涙に揺れる視界。ヴェイグさんとシングさんが剣を振るい、ミントさんが傷だらけのまま倒れている。

「…わたしに、もっと、力があれば」

何かが変わったと、言うのだろうか。
サレの肩越しに、王女様と目が合う。助けを求めるような、縋り付くような、まるでわたしと同じような目をしていた。

胸の奥から溢れる衝動のままに、強く強く、杖を握りしめる。


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