「いやいやちょっと待って本当に待って無理無理死んじゃうううう!!!」

――そんなわたしの悲鳴などお構いなしに、世界樹は殊更優しく行ってらっしゃいと囁いて、わたし達を空へと放り出した。
微睡みから覚めたばかりのわたしは、刺すような空気の冷たさと圧倒的な浮遊感に更なる悲鳴を上げる。目など開けられるはずもなく、地面に叩き付けられひしゃげるわたしを想像しては、声が枯れるまで世界樹を罵った。せめてもう少し低いところからでも構わないだろう、それこそ地上一メートルくらいのところで。と言うかそもそもどうして普通に帰らせてくれないんだ、世界樹の馬鹿!

「ナマエ、目を開けてごらん」
「そそそそんな余裕ないよー!!世界樹め、次会ったら燃やしてやる!うわあああん!!!」
「それは止めておきなよ。…慌てなくても大丈夫さ、ルミナシアの世界樹が僕達を殺すはずがないだろう?ほら、目を開けて。悔しいけど、君が喜んでくれそうな世界が広がっているよ」

冷たく柔らかな腕が慰めるように首へ絡み付いた。わたしはごくりと喉を鳴らし、そっと、震える瞼を押し上げる。
目が合ったラザリスは、花が綻ぶように笑みを浮かべると、視線だけでわたしを促す。恐る恐るそちらへ目をやって――わたしは息を呑んだ。

「きれい…!」

青々とした枝葉の隙間から壊れそうなまでに華奢で、しかし力強く生き生きと咲き誇っているのは、桜のように愛らしい花の枝だった。
それはルミナシアの世界樹と、ラザリスの世界――ジルディアの世界樹が、共に生きることを選んで生まれ変わった姿なのだろう。この手に再びぬくもりを宿したわたしのように、あどけない少女そのままの姿を得たラザリスのように。
いつの間にかわたし達は優しい光に包まれ、緩やかに落下していく。馬鹿なんて言ってごめんね。淡く光を纏った世界樹に向けて微笑んでみせて、わたしはふと、視線を下へやる。そこにはまるでわたし達を待っていたかのように、懐かしのバンエルティア号が海上に佇んでいた。ああ、帰って来た。帰って来たんだ。わたしは込み上げる歓喜に任せたまま、ラザリスを強く抱きしめた。ああ、何てあたたかいのだろう。何て、何て幸せなのだろう。
しかし幸せに浸るわたしを嘲笑うかのよう、不意にがくんと体が揺れる。え、と疑問の声を漏らした時には、もう、わたし達は再びの圧倒的な浮遊感に包まれていた。

「ちょっ、嘘、待って待って待って!落ちる!ぶつかる!死んじゃうううう!!」

急激に甲板が迫ってくる。死を覚悟してきつく目を瞑りラザリスを抱きしめたその刹那――もう一度だけ体があたたかな光に包まれた。
わたしは優しく下ろされた甲板に呆然と座り込む。抱きしめていたラザリスは変わらずわたしの腕の中で、興味津々とばかりに目を輝かせながら甲板を見回していたが、わたしは深く深くため息を吐いた。

「…な、何なの、世界樹…」
「世界樹なりのお茶目じゃないかな」
「どう考えても嫌がらせの間違いでしょ」
「――ナマエ!」

待ち焦がれた声が、聞こえた。
わたしは息を呑んで振り返る。そこにはひとりの少女が、瞳を大きく見開いて佇んでいる。ニアタは優しく彼女を促した。わたしはラザリスを抱きしめていた腕を片方だけ解き、彼女に、カノンノに差し出す。ラザリスはむっとしたようにわたしの背中に回した腕の力を強くする。
わたしは笑って、瞬く間にぼろぼろとこぼれ落ちていく涙で頬を濡らす親友に言った。

「カノンノ、ただいま!」

カノンノはいつか見た花のような笑顔でわたし達へ駆け寄り抱き付いて来る。まるで遠慮のないタックルのような抱擁にわたしは思わず呻き、ラザリスは抗議の声を上げるが、カノンノは笑顔だった。
甲板の騒ぎを聞き付けてホールから人がやって来る。わたし達を見付けたリタさんが悲鳴を上げ、アンジュさんは驚きながらも泣きそうに微笑んだ。いつの間にかそこに佇んでいたセルシウスはそっと唇を綻ばせて世界樹を見上げる。次々と甲板に飛び込んで来る仲間達、遠くから聞こえるロックスさんの歓声、懐かしい波の音――カノンノの笑顔。

「おかえりなさい!ずっと、信じてた。信じてたよ!」

そして、わたしの世界は再び始まる。


The world end.


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