赤い光に眩む中、最初に動いたのはアスベルさんだった。剣を収めたまま一瞬でラザリスと距離を詰め、放たれた炎の一閃を躱して剣を抜く。その居合斬りを正面から喰らったはずのラザリスだが、彼女の石に覆われた皮膚には傷一つ残らず、驚くアスベルさんに唇を綻ばせて見せる。ラザリスは軽やかに身を翻して彼と距離を取る。その華奢な踵が床を叩いた瞬間、その足元に魔法陣が浮かび上がり、虚空から光の槍が姿を現した。

「喰らえっ!ホーリーランス!」

信じられない詠唱速度だ。同じように魔術の詠唱を始めていたわたしは目を見張り戦慄するも、降り注ぐ光の槍が今にも貫かんとしていたアスベルさんは、間一髪のところで飛び退き逃れた。

「今度はこっちの番だ!行くぜ、リオン!」
「僕に指図をするな!…グレイブ!」
「ウインドカッター!」

次いでスパーダさんとリオンさんが同時に繰り出した風と岩の魔術を、ラザリスは詠唱を終えたばかりだと言うのにステップを踏むよう優雅に避けきった。二人揃って舌打ちをすると、リオンさんは剣を抜き前線へと身を投じて、スパーダさんは再び魔術の詠唱を始めた。
ラザリスがアスベルさん達に気を取られている隙に一気に距離を詰めたユーリさんだったが、その一撃は少女の細腕で防がれる。姿形こそ年端もいかない少女のそれだが、先程の詠唱速度と合わせて油断することは出来ない。彼女は紛れもなく世界そのものなのだから。
己の剣と拮抗するラザリスに目を瞬かせたユーリさんだったが、すぐにその瞳には好戦的な色が浮かぶ。対するラザリスは不愉快だと言わんばかりに眉を寄せると、ユーリさんの剣を弾きその手を払った。指先から弧を描き炎がユーリさんを襲うが、彼は軽くそれを避ける。

「魔神剣!」

リオンさんの剣が放った衝撃波がラザリスに直撃する。大したダメージを受けたわけではないが、ラザリスは鬱陶しいと言わんばかりに振り返り様に炎の一閃を放つ。
しかしその炎を凍らさんとばかりにラザリスに冷気が降り注ぐ。頭上で形を成そうとしている氷柱にはっとしてカノンノの詠唱を阻もうと地を蹴るが、ユーリさんとアスベルさんの追撃に足を止め応戦を余儀なくされた。最初こそ対等に渡り合っていたラザリスも、焦燥のせいかアドリビトムが誇る剣士達に押され始める。
カノンノがその大剣を振り上げる。ユーリさんとアスベルさんがその場から飛び退き、ラザリスは落下してくる氷柱に息を呑んだ。

「インブレスエンド!」

凄まじい轟音と冷気が空間を支配する。刺すように冷たい暴風に煽られ崩しかけた態勢を立て直しながら、閉ざしてしまった瞼を恐る恐る押し上げる。直撃を受けたはずのラザリスだったが、氷霧の中に立つその姿に目立った外傷はなかった。恐らく寸でのところで躱したのか、はたまたその身は氷如きでは傷一つ付けられないのかもしれない。しかしそれでも四肢に霜を纏ったラザリスの瞳はぎらぎらと輝きを増し、確実に彼女が消耗していることを表していた。
ラザリスは舌打ちをすると踵を鳴らしてカノンノに飛びかかる。詠唱を終えたばかりのカノンノは辛くも応戦するが、先程より鋭さを増した連続攻撃に押し負けて吹き飛ばされた――かと思いきや、不自然に彼女の体が固まる。ふわりと宙を浮いた自身の体に目を丸くさせたカノンノに、ラザリスは唇を歪ませた。

「回れ!」
「っ、え、きゃああ!!」
「カノンノ!?」

ぐるん、と華奢な体が弧を描いて再び吹き飛ばされる。床に叩き付けられる寸前、慌てて詠唱を止めたスパーダさんに受け止められた。今すぐ咳込む彼女の元へと駆け寄って行きたかった。しかし、今ここで詠唱を止めるわけにはいかない。杖をきつく握り直して詠唱を続ける。みんながこうして戦ってくれているのに、私だけが彼女と戦わずにいるのは、どうしても許せなかった。
左の眼窩が疼く。痛む。まるでラザリスと争うことを拒絶するかのように、わたしの集中を乱していく。ラザリスは先程のダメージが尾を引いているのか徐々に押され始めているようだ。指先から四方へばら撒かれる炎も、その瞳から放たれる赤い光も、微かにだが威力は衰え始めていた。

「そこだ!」
「させるか!」
「っああ、もう!本当に目障りだ!僕の邪魔を…するなぁ!!!」

ラザリスがそう吼えた途端に、ユーリさんとアスベルさんのすぐ側で爆発が起こる。二人は攻撃を止めて後方へと飛び退いたが、息を荒げたラザリスの追撃を受けてアスベルさんが態勢を崩した。それのフォローに回るようリオンさんが間に割り込み、その隙を狙ったスパーダさんの魔術とユーリさんの剣が、再びラザリスの足を止めさせる。
勝負は、徐々に決まり始めていた。
苦し紛れのように弧を描く炎で彼らから距離を取った彼女の足元で、一瞬だけ魔法陣が浮かび上がる。その次の瞬間には身構えていたユーリさん達の足元で幾重にも光が瞬き、リオンさんがはっとしたようにアスベルさんの腕を引いてそこから飛び退く。ユーリ、と、リオンさんが彼の名前を呼んだ。ユーリさんはその横顔に焦りを滲ませながらもいつも通り皮肉げな笑みをその唇に浮かべたまま動かなかった。いや、動けないのだろう。どの道彼を中心にしたその光から逃れることは不可能で、神聖なる審判の雷は今にも彼に撃ち落とさんとしていた。
時間にして一秒もなかっただろう。わたしは彼を助けたかった。かき集めたマナを形にするため、苛む痛みと躊躇いを振り払うように、全身全霊の力を込めて杖の先を床に叩き付けた。

「ディバインセイバー!」
「――させない!インディグネイション!!」

ラザリスが驚きに目を見開く。わたしは迷うことなく、躊躇うことなく、戸惑うこともなく真っ直ぐにその瞳を見詰め返した。虚空から現れた荘厳なる雷の剣がラザリスの魔術を打ち破り、鼓膜を劈くような破壊音と共に鋭い雷が空気を裂いた。華奢な体が悲鳴を上げて大きく跳ね上がる。血のように赤い粒子を吐いたラザリスの体が、がくん、と糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちそうになるが――最後の力を振り絞って彼女は踏み留まった。
今にもその輝きを失ってしまいそうなその瞳には驚愕と絶望が渦巻いている。あんなにも慕ってくれていたあの子を手酷く裏切ることに、わたしが胸を痛めていいはずもなかった。
雷が雷で相殺され、傷一つ負わなかったユーリさんが追い打ちをかけようと剣を握り直して飛び掛かろうとしてその足を止める。二つの魔術に紛れ一気にラザリスと距離を詰めたカノンノが、攻撃をするわけでもなくその剣を振り上げた。彼女の頭上からひらり、はらり、と幾重にも紅葉が舞い落ちてくる。

「永遠の今と言う瞬間の中に…!」

ラザリスは釣られるように舞い落ちてくる紅葉を見上げ、微かに瞳を細めた。美しいと、あの子もそう、思ったのだろう。
わたしは静かに杖を下ろした。舞い落ちる紅葉、舞い上がる音符、カノンノの力強い声。

「響け!ラヴ・ビート!!」

――ラザリスの断末魔。
今度こそ崩れ落ちていくその体を、わたしは決して涙を流すまいときつく唇を噛み締めて、見守った。


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