深く吸い込んだ甘い空気を吐き出すことはせず肺を満たし、唇をきつく閉ざす。見据えるのは巧みに剣を振るい戦う彼らで、我らがアドリビトムが誇る剣士に勝るも劣らない腕前に正直驚きが隠せない。ああ、彼らもまた生きている。わたしと同じように、彼らと同じように、不完全な命のまま生きている。目を逸らさずにその事実を受け止めた心が、血が滲むほどに痛かった。
かき集めたマナが音を立てて形を成していく。カノンノがはっと息を呑んで詠唱を止めようとしたが、そんな彼女を制したのが誰かなんて気にする余裕もなく。わたしは震える奥歯を噛み締めて杖を振り上げた。

「エクスプロード!」

灼熱の炎が轟音を上げて全てを焼き払う。わたしはその炎が消えるまで目を逸らすことなく見つめ続けた。わたしがそうして見つめているように、炎の中から誰かがわたしを見つめている。
ずっとずっと、自身が燃え尽きるまで、ずっと。





「これで…最後っ!」

そうしてカノンノが思いっきり振り下ろした大剣が、クリスタルを粉々に斬り砕いた。
ニアタが言うにはこれが最後のクリスタルらしい。それを証明するように遠くで塔へと続く足場が現れた音が聞こえて、わたし達はそれぞれ戦闘中でありながらも揃ってため息を吐いた。
その一瞬の隙を狙ったのだろう。雄叫びを上げてこちらへと突っ込んで来た魔物に慌てて詠唱を止める前に、素早く身を翻してわたしを背に庇ったカノンノが構えた大剣で魔物の突進を弾き返してくれた。しかし小柄な彼女は剣越しとは言え魔物の突進を受けてバランスを崩してしまう。小さな悲鳴を上げて倒れ込んで来るカノンノと身の丈ほどある大剣を当然のようにわたしは受け止めきれず、一緒になって倒れ込んでしまった。

「ナマエ、カノンノ!大丈夫か!?」

魔物への追撃を他の三人に任せ、一番近くにいたアスベルさんが血相を変えて駆け寄って来る。彼の手を借りてカノンノが起き上がり、次いで伸ばされた手を取ってわたしも起き上がる。その頃にはとっくに戦闘は終わっており、三人がそれぞれ武器を収めながらこちらへ戻って来た。カノンノが申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。

「ナマエ、怪我はしてない?大丈夫?ごめんね、私が受け止めきれなくて…」
「そ、そんなことないよ。怪我もしてないし、全然大丈夫。カノンノの方こそ大丈夫?」
「うん、大丈夫」

服についた砂埃を払って立ち上がる。ぶつけた頭や腰が微かに痛むけれど、まあ、時間が経てば治るだろう。カノンノも同じように立ち上がり、揃って塔を見上げる。少し離れた場所にいたニアタも同じように塔を見上げていて、何故か漠然と気付いてしまった。きっと、あそこが最後だ。
アスベルさんがほっとため息をこぼして武器を鞘に収め、次いで申し訳なさそうにその表情を曇らせた。

「二人共、守りきれなくてすまなかった。本当に大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ」
「念のため回復しとけよ。悪かったな、戦闘中に気ィ抜いて」

気まずそうに謝って来たスパーダさんにも首を横に振る。言われた通りカノンノとアップルグミを食べ、ついでに食べておけとユーリさんの手によって口に放り込まれたオレンジグミを驚きながらも飲み込んだ。確かに連続した戦闘で魔術を乱発し過ぎてちょっと疲れていたのでありがたいことにはありがたい。が、しかし、カノンノには普通に渡したと言うのにこの扱いの差は何なのだろう。釈然としない思いのままオレンジグミを咀嚼すれば、少しだけ体が軽くなった。あまり自覚はなかったが多少は疲れているのだろう。すっかり手に馴染んだ杖を握り直した。
何せ私以外の全員が剣を持ち勇ましく前衛で戦ってくれているのだ。魔術も使えるカノンノやリオンさんにスパーダさんは時折後ろに下がることもあるけれど、ほとんどの場合は皆さん揃ってがんがんいこうぜである。ここエラン・ヴィタールに来てから唱えたのは確実に魔術よりも治癒術の方が多いだろう。まあ、しかし、何と言うか。

「いくら何でもバランス悪いと思います、アンジュさん…」
「ナマエ?」
「な、何でもないよ」

あからさまに苦笑を浮かべればカノンノは不思議そうに首を傾げた。
前衛五人に、後衛一人。作戦名はがんがんいこうぜ。何と言うか、あまりにも攻撃的なパーティではなかろうか。しかも今更だがわたし達はイレギュラーであり、元々はあの四人だけでここへ来るはずだったのである。回復役のいない人選がアンジュさんの笑顔の下に隠された激情をそのまま表しているようだった。
自分で想像しておきながら身の毛もよだつような恐怖に襲われているわたしに構うことなく、ニアタは話を進めていく。

「…さて、いつまでもここに留まるわけにはいくまい。休憩も必要だろうが、それはあの塔の中に入ってからで構わないか?」
「ああ、塔の内部はどうやら魔物もいないようだからな。そこで一度休憩を取った方がいいだろう」
「そんじゃ、さっさと行くか」

心なしか少しだけ歩調を速め、わたし達は何度目かの塔へと足を踏み入れる。途端に反転するかのように空間が白から黒へと変わり、暗闇に浮かび上がるネオンのような光と、同じく作りもののように浮かび光る花を頼りに進んでいく。
ふと足を止めればあっという間に前しか見ない彼らから取り残されてしまう。わたしは一度だけ後ろを振り返った。つい先ほど潜り抜けた塔への入口はこちらから見れば逆光のように眩しく、もう二度と戻れないような気がして、すぐに踵を返してその光から遠ざかった。
見上げた暗闇の向こう、あの子はきっとそこにいる。


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