「ほら、あれが目的のボルテックスよ」

通れないなら壁を壊せばいいとばかりに破壊活動を行い続けた果てに辿り着いたもうひとつのボルテックス。やりきったと言わんばかりの顔をしているリタさんとスパーダさんはいいとして、仮にも聖地と呼ばれる場所で行われた無慈悲なる破壊活動にカノンノとわたしは顔を青くさせるしかなかった。どうしよう。とりあえずアンジュさんには黙っておこうまだ命が惜しいもの。アイコンタクトだけでそう会話し、わたし達は冷や汗を浮かべながらも努めて何事もなかったかのようにボルテックスに近付いた。

「このボルテックスは世界樹の根に繋がってるって、セルシウスが言ってたわ。みんなで集めた星晶の代わり…封印次元に必要なドクメントをここから世界樹に流すのよ」

さっき見たボルテックスとは異なり、マナが吸い込まれていくボルテックス。ボルテックスから噴き出され世界を巡ったマナは、このボルテックスから世界樹へと還っていくそうだ。
それを利用し、ここから封印次元を生成するのに必要な情報、つまりはみんなで集めたドクメントを世界樹へと送り込む。そのドクメントを元にして、世界樹にはラザリスのための封印次元を展開してもらうのだ。

「…っと、論ずるよりも実行ね。始めるわ」

まるで何でもないことのような一言がその場の空気を変える。
スパーダさんは注意深く辺りに目を配り、カノンノは不安そうにわたしの手を握った。躊躇らうことなくわたしもその手を握り返す。まるでここにいることを確かめるような優しさで、縋るような強さで握られたその手を、握り返さない理由などない。
高く掲げたリタさんの両手のひらの上に音もなくドクメントが現れる。ツリガネトンボ草、ウズマキフスベ、塩水晶。どれもこれもアドリビトムのみんなで、いや、この世界のみんなで集めたものだ。
リタさんは一度だけ、ふう、と細く息をこぼした。掲げた手はそのままに、微かに躊躇うようにわたしを窺う。それは奇しくも繋がれた手と似たような仕草で、けれど縋るようなそれはない。ただ一瞬だけわたしを見たと思ったら、すぐに手のひらのドクメントへと視線は戻る。

「…いくわよ」

その囁きと同時にぎゅっと強く手を握られた。ボルテックスからカノンノへと視線を戻せば、今にも泣き出しそうな瞳が今度は間違いようもなく、縋り付くようにわたしを見つめていた。

「ねえ、ナマエ」

その声は震えている。それほど恐ろしいはずなのに、本当は聞きたくもないことだろうに、彼女は言葉を続けた。

「これが終わっても、…全部が終わっても、いなくなったりしないよね」

いつか描いた未来があった。拙くもありふれていたその想像の中にはいつでも、彼女の姿があったことをわたしは覚えている。今ではその形を歪めてしまった未来だけれど、わたしは彼女と、そして望むことが許されるのならあの子と共に。

「お願い、うまくいって!」

生きたいと、そう願っていたはずなのに。
瞬きの躊躇いを振り切るように頷いてみせれば、カノンノは笑った。花開くようなそれにいつかの花綻ぶようなあの子の微笑みを重ねて、自分勝手な感傷に浸り、繋がれた手に縋り付く。
ごうごうとボルテックスが鳴いていた。それが静かに遠退いて懐かしい木々さざめきが徐々にわたしを包んでいくのに気付き、そのあたたかな枝葉に身を委ねる寸前、遠くに咲いた赤い星に息を呑む。世界樹の中で繰り返し瞬くそれはまるで助けを求めているようだった。自分を眠らせようとする母の手から逃れる赤ん坊のように、必死に、一生懸命に。
ラザリス、ラザリス。わたしの可愛いラザリス。いつかきっとわたしの手で、あなたに願ってしまったわたしの手で、あなたを揺り起こしてあげるから。だからどうか今だけは、どうか、どうか。

「…ごめんなさい……っ」

おやすみ。
そう囁いて、世界樹はわたしとラザリスを抱きしめる。





わたしは全てを見ていた。
右目は触れれば壊れそうな木々の静寂を、左目は全てを薙ぐように荒れ狂う花々の混沌を。ルミナシアが手を伸ばす。ジルディアが悲鳴を上げる。二つの世界が犯し合い交わり合い、受け入れようとして拒絶して淘汰しようと牙を剥く。
わたしは全てを見ていた。

その牙に貫かれる世界樹を、――わたしを。わたしの両目は全てを見ていた。





「……や、」

カノンノの小さな悲鳴が聞こえた。
不思議と痛みはなく、違和感もなく。ただ内側からわたしを突き破り貫いた幾本ものジルディアの牙を見下ろす。その傷口から、こぼした吐息から、まるで血のように溢れた赤い粒子が空気に溶けて消えていった。
呼ばれた名前が。怒声が、悲鳴が。鼓動が。意識と共に遠退いていく。
崩れ落ちたわたしを包む赤い煙が、何だか妙にあたたかく感じたことだけを覚えている。


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