聖地ラングリースに足を踏み入れてはや数十分。わたしとカノンノは既に、このパーティは失敗だったんじゃないかと戦慄していた。

「だから、間違えてなんかいないって言ってるでしょ!」
「じゃあなーんでお前の言う通りに進んだ先が行き止まりなんだよ。別に迷子になったことは責めたりしねェから、本当のこと言えって。な?」
「人の話を聞けー!!!」
「ちょっ、待って待って待って!スパーダさんも煽らない!」
「リタ、少し落ちつこう!ね、ね!?」

失敗だ。失敗である。
今にもスパーダさんのしたり顔にファイアーボールをぶちかましそうなリタさんを二人で必死に押し宥め、何とか穏便に話が出来る状態にまで落ちつかせる。それをお腹を抱えながら眺めていたスパーダさんのことはあとでアンジュさんに密告するとして、なるべく優しい声でリタさんに聞いた。

「ええと、ここのボルテックスは今回使うものじゃないんですよね?」
「…そうよ。ここのボルテックスは世界樹が生み出すマナが噴出する所。今回あたし達が探しているのは、世界中を巡ったマナが世界樹に吸収されるボルテックスよ」
「リタの言うそのボルテックスは、ここの先にあるんだよね?」
「……ラングリースの奥地にあるって書いてあったから、そのはずよ」
「でも行き止まりじゃねェか」

無駄なこと言うスパーダさんを気絶させたピコハンが果たしてわたしとカノンノのどちらが出したものかはどうでもいいとして、光輝くマナの噴き出すボルテックスを見上げる。
前回、カノンノの依頼で訪れたボルテックス。しかし残念なことに今回はここのボルテックスは使えないため、リタさんの言うマナを吸収するボルテックスを目指す必要があるのだが。
まあ、何と言うか。スパーダさんの言う通り、行き止まりなのである。

「ど、どうしましょうか?もしかしたら道が塞がっちゃったのかもしれませんし、別の抜け道でも探します?」
「そ、それがいいんじゃないかな!ね、リタ。そうしよう?」

わたしとカノンノの取り繕うような言葉にも、リタさんは顔を上げなかった。
どうしようかと二人で顔を見合わせ、おいコラどっちがやったんだと叫びながら起き上がったスパーダさんも無視してため息をこぼした。
あえて大袈裟に騒ぐことで忘れていたはずの痛みが途端にわたしの全身を刺すが、吐息すら漏らさないよう唇を噛み締めて堪える。濃く純粋なマナの溢れるラングリースはそれだけでわたしにとっては地獄に近い。それでも前回訪れた時よりしっかりと意識はあるし膝も震えていないのが幸いだった。迫り上げる吐き気だけはどうしようもなく、左目はとっくに痛みに麻痺してしまっているが。

「別に間違えてなんかいないわよ…。計算済みに決まってるじゃない…」

リタさんの小さな呟きにカノンノが首を傾げた。わたしも釣られるように彼女を見れば、リタさんは声をかけようとしたカノンノを制してボルテックスを通り過ぎる。その向こうには壁があるだけだが、彼女はそこで足を止めた。
わたしとカノンノは困惑しながらリタさんを呼ぶ。しかしスパーダさんは吹き出すように笑うと、彼女の隣に並んだ。それに気付いたリタさんが眉を寄せてスパーダさんを睨み付けたが、ふん、と小さく鼻を鳴らして壁に向き合った。
リタさんが徐に巻物を取り出し、スパーダさんが剣を抜く。二人の足元に赤と緑、ふたつの魔法陣が浮かび上がった。

「ない道は作りゃあいいのよ!」

二人の魔術が壁に衝突する。風に煽られ勢いを増した炎の弾が、水晶の壁を破壊した。
音を立てて崩れていく壁。水晶の粒子が混ざる煙に口元を押さえながら、互いに武器をしまったその背をカノンノと二人で呆然と眺めた。
そんなわたし達を振り返ったリタさんは全くもっていつも通り、自信に満ちた笑顔だった。

「何か文句ある?」
「………な、ないです」
「……わ、私も…」
「あっそ。ほら、さっさと行くわよ」

崩壊した壁の向こうへと踵を返したリタさんを見送り、カノンノと二人顔を見合わせる。仮にも聖地と呼ばれる場所を破壊してよかったのだろうかと顔を青くさせたわたしに、カノンノは諦めたような顔で首を横に振った。気にしたら負けだよ、と言うことだろうか。
カノンノはさっさとリタさんの後を追い壁の向こうへ行ってしまった。思わず深いため息を吐いた途端に痛みが込み上げ、思わずくらりと視界が揺らぐ。たたらを踏みながらも何とか持ちこたえるが、じわりと嫌な汗が溢れてきた。
早くボルテックスから離れよう。左瞼に爪を立てるように押さえながら壁の向こうを睨み付ければ、不意にスパーダさんがこちらに戻ってきた。
慌てて左目を押さえていた手を離す。スパーダさんは眦をきつくさせながら、わたしの元まで歩み寄って来た。

「いつまでここにいる気だよ。さっさと行くぞ」
「遅れてすみません、今行きます」
「…やっぱり痛むのか?」

左目を押さえていたのを見られていたのだろう。強張った顔で、心配そうな声で聞かれて緩く首を横に振った。すぐに青い顔で嘘言ってんじゃねェ、と小突かれてしまったが。
スパーダさんが軽く帽子を引き下げ、気まずそうに目を逸らす。その視線の先、壁の向こうから微かに聞こえる二人の話し声を気にするそぶりを見せながら、彼はわたしの腕を取った。

「悪かったな。もう少し早く移動させてやりゃよかったんだけどよ」

取られた腕は優しく拘束されている。何も彼が悪いわけじゃないと首を振れば、促すように捕まれた腕を引かれた。

「お前をなるべくボルテックスに近付けんなってユーリに言われてんだ。そのために道作ってやったんだから、さっさと行こうぜ」
「えっ、」
「あ?」
「………な、何でもないです」

そのため、って。そんな、当たり前のように。
自惚れだとわかっていながらも熱くなる頬が憎らしい。それを隠すよう俯きながら、スパーダさんに腕を引かれてゆっくりと歩き出す。ボルテックスから遠ざかる度に痛みは薄く遠退いていき、ほっとため息をこぼした。
足元気を付けろよ、と言われ心なしか支えるよう力を込められた腕に引かれるまま壁の残骸を乗り越える。紳士的だなあ、と妙に気恥ずかしいような気分に駆られた。壁の向こう、更に深い輝きを増した水晶の世界に麻痺した左目を細めようとしたけれど、やっぱりぴくりとも動きはしなかった。


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