「…よかった。一時はどうなることかと思ったけど、これでウズマキフスベの完全なドクメントが手に入ったんだね。みんな、本当にお疲れ様」

恥ずかしさと気まずさを振り払おうとケイブレックスに挑み続け、無事にドクメントを採取し船に戻って来た。
完全に沈黙して顔を逸らし合うわたしとリオンさんの間に立たされたセネルさんは非常に気まずそうだが、わたしの知ったことではない。先に採取を終えたカノンノ達のグループもアンジュさんも不思議そうな顔でわたし達を見ていたが、気を取り直したように話を続ける。

「リタ、これでニアタから教えてもらったものは全て揃った?」
「ええ。塩水晶、ツリガネトンボ草、ウズマキフスベ…。これらのドクメントを組み合わせて、ようやく封印次元を作ることが出来るわ」

ホールに小さな安堵のため息と歓声が響く。
わたしもほっとため息を吐き、胸を撫で下ろした。リタさんは二つのドクメントピースを手の内で遊ばせながら話を続けた。

「組み上げたドクメントはマナの流れに乗せて、世界樹へ送り込めばいいの。それで封印次元を形成出来るわ。封印次元を作ったあとは、世界樹を媒体にラザリスの情報を送信させればいい。…となると、この計画は聖地ラングリースのボルテックスで行うのが良さそうね」

リタさんは心なしか早口でそう結論づけると、満足げに頷く。

「よし、急いで準備を始めるわ。あたしの準備が終わるまで待ってなさいよ!」

意気揚々と研究室に駆け込んで行った小さな背中を見送り、アンジュさんが本当に嬉しそうに微笑んでもう一度お疲れ様と言ってくれた。
リオンさんがさっさと踵を返しホールを後にするのを何とも言えない感情のまま視界の隅で見送りつつ、夕飯まで部屋にいようかとカノンノを振り返れば。
すぐ目の前にイリアさんがいた。

「うわっ、イ、イリアさん!?」
「ちょっと話があんの。今いい?」
「は、はい。大丈夫ですけど…」

険しく眉を寄せたイリアさんに手招かれるまま、心配そうにわたし達を窺うカノンノに小さく手を振りホールを後にする。
連れて来られたのは廊下の突き当たりにある空き部屋。滅多に使われないその部屋の明かりをつけたイリアさんは、ドアを閉めたわたしが振り返るのをきっかけに口を開いた。

「あのさあ、」
「はい?」
「あたし、あんたがディセンダーってわかってすぐにあんまり当てにしない方が良さそう…って言ったじゃん」
「ああ、そんなことありましたね」

懐かしい。あれはセルシウスが来たばかり、ディセンダーと言う名前から逃げ回っていた時の。
イリアさんは真っ直ぐにわたしを見ていたが、少しだけその瞳は揺れていた。

「あれ、謝るわ。ごめん」

そう言って腰を折ったイリアさんが謝っているのだと気付いたのは、一拍遅れてのこと。
あのイリアさんが、たったそれだけのことを謝るなんて。常日頃ルカさんと共に彼女にいじめられているわたしにはあまりにも衝撃的な光景だった。

「ちょっ、イリアさんが謝るようなことじゃないですよ!確かにわたしは頼りないですし…」
「あんたが良くても、あたしは筋通しときたいの。…つか、ディセンダーがどうとかじゃなくて、あたしもやれることをあんたみたいにやればよかったなって。あの時は甘ったれてたわねーって思う。それだけよ」

イリアさんはそう話を締め括ると、自嘲するような苦笑を浮かべた。それはあまりにも彼女らしいとは思うが、わたしは何も言えずに口ごもるしかない。

「だからさ、あたしらにも手伝わせてよ。あんたに無茶すんなって言ったって無駄なら、あたしが手伝ってやるわ。そもそもあたし達が暮らす世界のことなんだからね。あたし達もしっかりと、責任持たなきゃ」

閉め切られたカーテンが、彼女の手で開かれる。傾きかけた太陽が舞った埃をきらきらと照らす。イリアさんの潔さが、わたしには眩しかった。

「…あー、その。それと、さ」

どのくらい二人で沈黙していたのだろう。眩しさに目を細めている内に、いつの間にか空は暗くなっていた。
さっきとは打って変わって歯切れの悪そうに口を開いたイリアさんに、小さく首を傾げる。

「あんたって、その…予言に伝えられている通りのディセンダーとは違うじゃない。だけど全部が終わったら世界樹…は違うか。チキュウに、帰っちゃうわけ?」

探るような、窺うような瞳。わたしは更に首を傾げる。

「どうなんでしょうか。わたし個人としては、この世界に残りたいと思うんですけど…」
「そう、この世界に……って、えええ!?」

きーん。さっきまでの沈黙が嘘のようだった。
相当なダメージを受けた耳と容赦なく揺さぶられる肩に、思わずさっきまでのしおらしさはやっぱり夢だったのかとすら思う。

「あんた何言ってんの!?別にディセンダーだからってこの世界に残らなきゃいけないってわけじゃないのよ!」
「そ、そうですけど…ってかイリアさんやめて揺らさないで」
「そりゃ、あたしはあんたが残ってくれるのは嬉しいけど…それとこれとは話が別よ!」
「うえっ、ちょ、しぬ…」
「ちょっとナマエ、あたしの話聞いてんの!?」
「イリア、どうかしたの?さっきすごく大きな声が聞こえ…っナマエー!?」

色々なものが限界を超え意識が飛ぶ寸前、カノンノの悲鳴が聞こえた。


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