二体目からの採取は、比較的楽に終わった。
セネルさんとリオンさんにしっかりと取り押さえたケイブレックスからドクメントを採取し、それが終われば注意を払いながらその場を離れる。わたしが完璧にケイブレックスから距離を取ったことを確認したリオンさんの鋭い一閃。断末魔すらなかった。
ティアさんが魔術を解き、わたしも手の中のドクメントピースを見てほっとため息を吐く。

「あと二、三体くらいですね」
「そのようね」
「採取はいいとして、ケイブレックスを探す方が大変だな。もう大分奥まで来たんじゃないか?」
「確かに…そうですね」

見上げる空は、鬱蒼と生い茂る葉や枝の隙間から微かに見える程度。奥に行けば行くほどに森は暗くなっていくばかりだ。

「おい、さっさと次のケイブレックスを探すぞ」
「リオン、そのことなんだけど」
「何だ?」
「せっかく前衛二人、後衛二人なんだもの。ケイブレックスとの戦闘ならまだしも、探索だけなら手分けをした方が早いんじゃないかしら」

先に進もうとしていたリオンさんが足を止め、ティアさんを振り返る。
組分けはどうの、ケイブレックスと遭遇したらどうするとか、わたしとセネルさんを置いてきぼりに話は進んでいく。セネルさんは一つため息を吐いたが、特に異論はなさそうだ。わたしも探索だけなら、とは思うが、その。組分け、が。

「…それじゃあ、セネルは私と。リオンはナマエと探索すると言うことで」
「ああ」
「えっ」
「…何か文句でもあるのか?」
「い、いえ…」

突き刺さる視線を必死に耐える。組分けがこうなってしまったらちょっと、こう、気まずいなと思っていたのだけれど。
わたしと彼の間に気まずい空気が流れる。首を傾げたセネルさんの隣で、ティアさんが呆れたようにため息を吐いた。

「リオン、そんなに意地を張らないの。ナマエが何かをする度に心配そうな顔をするんだから、いっそ目の届く場所にいれば安心するでしょう?」
「だっ、誰が心配なんて…!」
「セネル、行きましょう」
「…あー…えっと、ナマエ。頑張れよ」
「い、いってらっしゃーい…」

二人の話し声が遠退き、森の奥に消えていく。
残されたわたしはちらりとリオンさんを窺う。不愉快そうに柳眉を寄せたリオンさんは、くるりと踵を返した。

「日暮れも近い。さっさと探すぞ」
「あ、…はい」

さくり、さくり。魔物に出くわさないよう進む。自然と俯かせていた顔を上げ、少し先を行く背中を眺めた。
リオンさんは剣士としても、男性としても華奢な方だろう。それでも彼がわたしを抱き上げられるような力を持っていることを知っている。ああ、そう言えば。彼とちゃんと、真っ直ぐに、何の罪悪感も勝手な責任感もなく話が出来たのはいつの夜だっただろうか。

「…あの、」
「………」

さくり、さくり。変わらずに足音が聞こえる。
大丈夫、予想はしてた。負けないぞと、小さく意気込んで言葉を続ける。

「……さっきのこともそうですけど、色々と心配って言うか迷惑…かけてごめんなさい」

自覚をしなさい。自惚れるわけではないが、確かにリオンさんにはたくさんの心配をかけてきた。時間を取って話をすることも出来ず、ただ誰にも言わないでほしいと頭を下げて。ただそれだけで、彼を巻き込んで。

「この身体のこともそうです、けど…」

そこからどんな言葉を続けようとしていたのか、一瞬でわからなくなった。ふわり、わたしを誘う甘い匂い。いつの間にか足を止め、その道の先を見つめた。
甘い、甘ったるい匂い。それを認識して少し気を緩めた途端に意識が白く塗り潰されていく。それは抗い難いほどに優しく、まるで夢を見ているようで。

「おい!」

はっと目を覚ます。
がくんと乱暴に掴まれた肩を引かれ、驚きに声を上げた。

「うわっ、…あ、リオンさん……」

慌てて後ろを見れば、ただでさえきつい眼光を更に鋭くしたリオンさんがわたしの肩を引いた。そのあどけなさを残した美貌は微かに青白く、噛み締めた唇は微かに震えているように見える。ぎしり、掴まれた肩が軋む。

「どこに行こうとしていた」
「どこに、って…。あ、あれ?さっきと場所が違う…?」

さっき、一瞬意識が飛ぶ前と辺りの風景が違う。古ぼけた看板が立てられた分かれ道。掠れて見えにくくなった文字を横目で辿り、リオンさんは再びわたしを睨み付ける。

「…この先は、星晶採掘跡地だ」
「……星晶採掘跡地…」

そうだ、覚えている。この分かれ道の先で見たあの光景。あれが、わたしが初めて見たジルディアだった。
甘い匂いがわたしに絡み付く。呼んでいるのだ。同じ世界の生物を、わたしを。
そう気付いてしまえば早い。操られるように、けれど確かに自分の意志で足を進める。けれど肩は掴まれたまま、すぐにリオンさんに引き戻された。
勢いよく引き戻されたせいかたたらを踏んだ体は、そのまま後ろにいたリオンさんに倒れ込んでしまう。決して軽くはないはずのわたしをびくともせずに受け止めたリオンさんは、声を上げるより先にわたしをその腕で引き寄せた。

「行かせない」

首筋を、彼の髪が撫でる。たったそれだけなのに大袈裟なまでに体が跳ね、反射的にリオンさんを引き剥がそうと回された細い腕に手をかけた。
わたしと同い年くらいの華奢な少年剣士の腕は、いくら白く細かろうと剣を握る人のそれだ。背後から回された両腕はきつく、きつくきつくわたしを抱きしめた。

「…行かせるものか、絶対に…!」

苦しげに搾り出された声は、あまりにも情熱的に聞こえてしまった。リオンさんに、あのリオンさんに抱きしめられている。そう認識した途端、音を立てて体が熱くなり意味もわからず視界が滲んだ。

「いいか、僕は前に言ったな。より多くのものを助けるためには、多少の犠牲も必要だと」
「はっ、はい…!」

上擦った声で返事をするのがやっと。あまり背丈も変わらない彼が喋る度に吐息が耳を掠め、鼓膜に直接響くその声が体を火照らせていく。

「今は忘れろ。お前に今出来ることは、これ以上僕に無用な心配をかけないことだ」
「わっ、わ、わかりました!だから、あの…」

離して、と言うより先に回された腕が解かれる。ほっと息を吐いたのも束の間。抱きしめられていた距離のまま、くるりと体を反転させられた。
白い肌が、長い睫毛が、リオンさんの少女と見間違うほど愛らしく端正な美貌が、近い。ひえ、と唇から漏れた情けない悲鳴は我ながら何だったのだろう。

「本当にわかったのか?」
「わかっ、わかってます!大丈夫です!全然わかってます!余裕です!」
「…それなら今後一切、僕の知らないところでその力を使わないと誓えるか?」
「誓いますー!誓いますから、離し…っ」

がさり。

「…あら、」

わたしとリオンさんが、揃ってぴたりと固まる。
側にある茂みが揺れたと思ったら、正直に言うと存在を忘れていたティアさんとセネルさんが姿を現した。とりあえず何でそんなところから出て来たのだろうか。
髪や服についた葉を払ったティアさんは小さくため息を吐き、わたし達を凝視して同じように固まるセネルさんに声をかける。

「仕方ないわね、セネル。この二人は放っておいて、さっき見付けたケイブレックスは私達だけで採取しましょう」
「い、いや、ちょっと待ってくれ!そもそもあの二人、いつから付き合って…!?」
「野暮なことを聞かないの。ほら、こういう時は見て見ぬふりをするのが甲斐性ってものよ」
「か、かいしょう…」

わたしのポケットからドクメントピースを抜き取ったティアさんは、どこか面白がりながら踵を返す。真っ赤な顔で首を傾げその後に続こうとしたセネルさんが、ふと、足を止める。

「……えーと、その…依頼のことは気にするなよ。俺とティアで何とかしとくから。…そ、それじゃあな!」

検討違いの優しさを見せ去って行くセネルさんの背を二人揃って呆然と見送り。
コンフェイト大森林に、わたしの悲鳴が響き渡った。


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