ケイブレックスとは。
コンフェイト大森林の奥地に生息する中型または大型の魔物である。気性は荒く、そう簡単にドクメントを採取出来ないと考えられる。安全にドクメントを採取するためにも、まずは動きを封じるべき。

「…つまり、倒せってことですよね」
「そのようね」
「想定の範囲内だな」
「まあ、こんなバランスのいいパーティを組ませるんだから何かあるだろうとは思ったよ」

わたし達を送り出してくれたアンジュさんの笑顔を思い返して苦い気分になりつつ、資料を荷物に入れる。
わたしと同じような表情をしていたのは隣のセネルさんだけで、ティアさんとリオンさんは顔色一つ変えずに武器を構えた。釣られるように杖を構え、セネルさんが拳を鳴らす。
ケイブレックスはどうやらこちらに気付いたようだ。見上げるほどある身の丈をしているが、そう大きな魔物ではない。

「安全にドクメントを採取するためにも、まずはケイブレックスの動きを封じるぞ」
「取り押さえるのはお前に任せる。おい、ドクメントピースを寄越せ」
「ええ、任せたわ」
「来るぞ!」

セネルさんの声と共に、マナをかき集める。ぴりぴりと微かに痛む体にも慣れてしまった。
ケイブレックスにその拳を叩き込むセネルさんと、そんな彼の間を縫うように斬り付けるうリオンさん。ティアさんの淡く色付いた唇から零れ落ちる、美しく透き通った歌声が魔術となって響き渡る。

「ホーリーソング!」

セネルさんの回し蹴りを喰らい、たたらを踏んだケイブレックスをすかさずリオンさんの剣が襲う。ティアさんの術のおかげで威力の増した拳と剣は抜群のコンビネーションだった。
それに見惚れる暇もなく、ケイブレックスは足を崩す。慌てて魔術の詠唱を中途半端に取りやめ、いつでも再発動出来るよう構えたまま二人の作業を見守った。
セネルさんが唸り声を上げるケイブレックスの頭を押さえ、リオンさんがその額にドクメントピースを押し付ける。それが淡く光った次の瞬間、ケイブレックスは再び暴れ出した。

「っ、おい!こら、暴れるなって!」
「ちゃんと取り押さえろ!これではまともに採取が…くっ!」
「リオンさん!」

暴れるケイブレックスに薙ぎ払われリオンさんが飛び退く。その手から放られたドクメントピースが、わたしの足元に転がった。
一瞬で魔術は霧散してしまった。わたしと同じようにいつでも再発動出来るよう構えていたティアさんはさすがと言うか何と言うか、全く動じた気配もなく口を開く。

「これ以上攻撃してはケイブレックスを殺してしまうかもしれないわ。ここはセネルとリオンで取り押さえている間に、ナマエが採取すればいいんじゃないかしら」
「おい!」
「そうしてくれ!こいつ、中型だけどそれなりに力があるんだ!」
「…っ、わかった」

渋々と言った様子で頷いたリオンさんは足を振り上げ、暴れるケイブレックスの頭を踏み付けた。それは取り押さえると言う行為の内に入るのだろうか。セネルさんも計りかねたような顔をしていた。
ドクメントピースを拾い上げたわたしに、ティアさんが厳しく言い聞かせる。

「気を付けて。再びケイブレックスが暴れ出したら、容赦なく魔術を発動させるつもりだけど…」
「はい。何かあったら、お願いしますね」
「ええ、もちろん」

ドクメントピースを手に、ケイブレックスに近付く。
いくら二人に取り押さえられているとは言え、生きた魔物に自分の意志で近付くことは後衛のわたしには初めてのことだった。ごくりと喉を鳴らしドクメントピースを押し当てる。
ドクメントピースが再び淡く光り出した。しかしそれもすぐ収束し、何の反応もしなくなったドクメントピースを覗き込む。表面に刻まれた幾本かの線の一本が、赤く輝いていた。

「採取終了…ですかね?」
「ああ、このケイブレックスからの採取は終わりだ」
「このケイブレックスからは、ってことは…まだ採取するのか?」
「今のはあくまでウズマキフスベのドクメントの一部が手に入っただけ。このドクメントピースを完全なウズマキフスベのドクメントにするためにも、違うケイブレックスを探さなければ」
「長い道のりになりそうだな…」

ティアさんが魔術を解きながら近付いてくる。彼女を振り返った瞬間。
きいん、と。鋭い音が鼓膜を貫いた。

「このっ、馬鹿が!」
「え、」
「ナマエ、下がって!」

後ろから勢い良く手を引かれる。そのままティアさんの背に庇われ、ケイブレックスを斬り伏せたリオンさんが剣を払った。
地面に転がり頭を押さえるセネルさんが慌てたように顔を上げる。

「悪い、押さえ切れなかった!大丈夫か!?」
「ドクメントの採取が終わったからと言って油断するな!ちゃんと押さえておけ!」

セネルさんをそう怒鳴り付け剣をしまったリオンさんは、目を白黒させるわたしを振り返った。
きつい眼光に身を貫かれ思わず肩が震える。

「お前もだ!採取が終わったからと言って、魔物の側で気を抜くんじゃない!」
「っは、はい!すみませんでした!」
「全く、お前はいつも心配ばかりさせて…!」

ぶつぶつと文句を言いながら再び背を向けたリオンさんに気付かれないよう、安堵と落胆のため息を吐く。
確かに取り押さえられていたとは言え魔物の側にいたのだ。もっと緊張感を持てばよかった。

「私も少し早く判断し過ぎたわ。ごめんなさい」
「そんな、ティアさん…」
「次からはもう少し気を引き締めなければね。ほら、行きましょう」

ティアさんに優しく促され、ばくばくと鳴る心臓はそのままに足を進める。
わたし達を待つリオンさんは頑なに、こちらを振り返ることはなかった。


menu

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -