ユーリさんと話をしなければ。ハロルドさんのお節介により躊躇いながらもそう意気込んだのは昨日の話。しかし、一夜を明けて次の日の朝。預かった切り株からウズマキフスベのドクメントが採取出来たとの知らせが食堂に届いた。
驚きのあまり朝食を早めに切り上げホールに飛び込んだわたしとカノンノに、困った顔のアンジュさんが言う。

「預かった切り株から、一部だけどウズマキフスベのドクメントが手に入ったの。あとはツリガネトンボ草の時みたいにドクメントを補っていけばいいんだけど…」
「前回と同じようにはいかないの。このウズマキフスベってキノコはね、ツリガネトンボ草の時みたいに進化をしていないの」

カノンノと二人、首を傾げた。
明らかに徹夜明けと言った様子のリタさんに代わり、ウィルさんが説明をしてくれる。

「このキノコは、無性生殖でな」
「キノコって、胞子だけで増えるのに?」
「ま、あたしは専門じゃないけど、どうやらキノコには有性無性とあるらしいわ」
「多くの生物が有性生殖をしているのは、異なる性の遺伝情報を掛け合わせることによって多彩な遺伝子の組み合わせを生み出すためにある。環境の変化などに対応し、種としての生存の可能性を図るためなのだが、無性生殖はクローン作成になるために、遺伝子に多様性が生まれることはない」

目を白黒させる。ちんぷんかんぷんだ。
キノコの情報で溢れ替える頭の中で必死に整理をする。ええと、だから、つまり。

「つまり、こいつのドクメントを継承した種類は存在しない」

なるほど、そういうこと。
ウィルさんが述べてくれた簡潔な結論にようやく納得して頷き、しかし次の瞬間には焦って声を上げていた。

「ウズマキフスベってもう絶滅してるんですよね?どうやってドクメントを補えば…」
「この切り株と同じようなものがそうそう見付かるとは思えないわ。例え見つかっても本当にごく一部のドクメントしか採取出来ないし、探してる内に間に合わなくなるのは明らかよ」
「ここまで来て手詰まりだなんて…」

アンジュさんのため息が、しんと静まり返ったホールに落ちる。
元から絶滅したと言われていたのだ。別の方法を探そうにもそんな時間は残されていないだろうし、ニアタにだって心当たりはなさそうだった。
アンジュさんはわたしと同じ困惑した表情を浮かべているが、ウィルさんとリタさんは悔しげな顔をしていた。同じ研究者だからだろうか、まだ知識を振り絞り道を探しているのだろう。リタさんなんて今にも倒れてしまいそうな顔色をしているのに。

「…あの、そのウズマキフスベを食べていた動物とか虫とかっていたのかな?」

恐る恐る、と言った様子のカノンノの声。ウィルさんは首を傾げながらも頷いた。

「ああ、それは記録にあったが…」
「それ、きっと受け継がれているはずです!私、見たんです。食べ物になってくれた命が、受け継がれていくのを!」

ウィルさんとリタさんが顔を見合わせる。わたしもわたしで目を瞬かせ、必死に訴えかけるカノンノを見つめた。
カノンノ、とアンジュさんが彼女を呼ぶ。はっとして恥ずかしそうに頬を染めたカノンノは、でも、と更に言い募った。

「でも、見たんです。食べ物になってくれた命のドクメントが、私達のドクメントに受け継がれていくのを…」

食べ物のドクメントが、わたし達に。
それは突拍子もない話だったし、そもそも何故カノンノはドクメントが見えたのだろう。何で、いつから。もしかして、わたしのドクメントも。
そんな自分勝手な恐怖を振り払い、声を上げる。

「わたしもよくわからないですけど、カノンノがこう言ってるんだから…きっと何かがあるはずです!だから…」
「カノンノを信じろ、って?」

リタさんの至極真っ当な言葉に、ゆっくりと頷いた。確証なんてないけれど。でも、カノンノがそう言ったのだ。理由なんてもう、それでいいじゃないか。
沈黙は一瞬だけ。ふと表情を緩めたリタさんは、呆れたように笑った。

「馬鹿ね、あんた。信じないなんて言ってないでしょ」
「よし、ならばウズマキフスベが絶滅する辺りから生きてる生物を調べておこう」
「そこら辺はあたしの専門じゃないからあんたに頼んだわ。あたしはあたしで、やれることをするから」

話は終わったとばかりに踵を返した二人を見送り、ほっと息を吐く。
まだ希望は潰えていない。だから、諦めてはいけない。そう強く自分に言い聞かせた。


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