人の姿に戻った彼らの姿に見覚えがあった。見たことのある服を纏った彼らはいつかまだ姿を持たなかったラザリスをディセンダーとして崇めていた、暁の従者の信者だったのだ。
死んだように眠る彼らを慌てて医務室に運び、丸一日が経ち。もちろんその間にニアタやセルシウスやユーリさん達にこっぴどく叱られると言うイベントが挟まれたりして、彼らは目を覚ました。

「あなた達にはまた助けられました。本当に、ありがとうございます」
「いいえ、人を助けることがアドリビトムの仕事ですから。大事がなくて何よりです」

そう言って優しく微笑むアンジュさんはそう言えば神官だったと思い出しつつ、申し訳なさそうに頭をかく彼らの話に耳を傾けた。

「ここを訪ねるためにシフノ湧泉洞を抜けるところだったんですが…途中で地震に遭いまして…。足元の地面が抜け、そのままあの場に落ちてしまったんです」
「二度目のジルディアの牙が現れた時のことね。…ところで、アドリビトムにどういったご用件でしょうか?」

微笑みはそのままに、けれど油断なく瞳を細めるアンジュさん。警戒するなと言う方が無茶な話だろう、何しろ一度は戦ったことのある相手だ。
彼女の警戒に気付いたのか気付かなかったのか、信者の一人が恐る恐ると言った様子で口を開く。

「あの…アドリビトムが探しているという植物について、何かの役に立てればと思いまして…」
「あ…ええと、ツリガネトンボ草のことでしょうか?あれについては、もう解決して…」
「いえ、ウズマキフスベの方です。確か、採取協力をあちこちに呼びかけていましたよね?」

ウズマキフスベ。既に絶滅し、入手不可能と言われた封印次元を作る材料のひとつ。
がたん。血相を変え座っていた椅子を蹴飛ばしたリタさんが、わたし達と一緒に身を乗り出して詰め寄った。

「ウズマキフスベ!?」
「持ってるんですか!?」
「どこ!?どこにあんのよ!」
「えっ!あ、…そのう、私の実家の切り株に、五年前に生えたんですね。もう、絶滅したとか言う話でしたけど…」

ごねん、まえ。
期待が裏切られた落胆が隠せず、三人揃って重いため息を吐いて頭を抱えた。やっぱり駄目なのだろうか。ウズマキフスベはもう手に入らないのだろうか。
アドリビトムのみんなが今まで積み重ねていた全てが、この土壇場で意味のないものになってしまう。もう時間も残されていないのに。じわりと背中を這う嫌な予感に目頭が熱くなる。慌ててそれを振り切るように首を振れば、信者の一人が声を上げた。

「その、菌糸くらいなら残ってるかもと思ったので切り株を持って来たんです。ええと…この布の包みがそうです」

恐る恐ると差し出された大きな布の包み。それに大きく反応したリタさんは、半ば奪うように布の包みを受け取った。
逸る手で中身を確認する。腐りかけた小さな切り株に、リタさんは目を輝かせた。

「これにドクメントの一片でも残ってたら、ツリガネトンボ草の時のように使えるかも…!」
「リタ、本当に?」
「やってみなくちゃわからないわ!仕方ないわね…少しだけトランスクリプタの修理を止めて、これの解析を……」

その呟きに二重の意味でほっと胸を撫で下ろしたのを、せめてリタさんにだけは気付かれたくなかった。

「よかった、私達にも出来ることがあって…」

平静を取り繕うわたしの代わりに、泣きそうな声でそう呟いたその人。わたしと目が合うと、どこか自信なさげにはにかんだ。

「私達は悪くなっていく世を憂いて、救い手となってくれるディセンダーを待ち望んでいた。けれども、そうすることで自分達は何も生み出そうとはしていなかったことにようやく気付いたんです」
「自分達ではどうせ何も変えられないと、世界も、自分自身も信じていなかった…」

どこか苦しげに、搾り出すような声で彼らは続ける。

「逃げていただけだったんだ。世の中への不満や、自分の非力さに正面からぶつかる自信がなくて…」
「そして、世界から目を逸らして逃げていた結果。私達の弱さが、ラザリスに力を与えた…」

言葉が胸を刔るような錯覚に息を詰まらせる。
世界を背負うなんてわたしには無理だった。だからわたしはディセンダーじゃないと言い聞かせて、逃げ続けて。
力を持ちながら責任を背負いたくなくて、その結果幾度も遠回りをした。何回も人を傷付けた。何度も我儘を言った。
ディセンダーになりたい、この世界を守りたいと思った今だって、また。

「あれからもう逃げずに、自分達で世界を守れるのならばと生き方を変えました。今起こっている世界の脅威、皆なす術もなく希望を見失う中。あなた達が果敢にも立ち向かっていることを知って、ここをお訪ねしようと思ったんです」

アンジュさんが感心したように、喜ぶようにため息を零す。あれだけラザリスに頼りきっていた彼らが、ここまでの心変わりをしたのだ。言葉だけじゃなく自らの足でそれを示しながら。
信者の一人が帽子を外し、どこか恭しくわたしの手を取る。思わず戸惑ったわたしに、彼は泣きそうな顔で微笑んだ。

「ディセンダー、こんな私達を助けてくださってありがとうございました」
「今度は私達がディセンダーをお助けする番です。共にこのルミナシアを守りましょう!」

輝かんばかりの二人の顔を見比べ、取られた両手を見下ろす。今までなら掴まれた両手を振りほどき逃げていた言葉だった。けれど、今は。ぎゅっと唇を噛み締める。
強く強く、その手を握り返す。まだ言葉に表すことすら出来ないわたしだけど、いつかはありがとうと伝えたくて、ゆっくりと頷いた。


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