研究室で起こった爆発はハロルドさんが咄嗟に唱えたスプラッシュのおかげで二次災害を引き起こすことなく鎮火された。
とは言え、場所が悪かった。研究室はその名の通り研究の際に使用する機械や書類が多数保管されている。荒れ果てた研究室を前に崩れ落ちたのは船の所有者であるチャットさんだけでなく、ウィルさんやキールさんなどアドリビトム頭いい組もそうだった。

「まあ、怪我人もいないんだし爆発くらいで済んでよかったじゃない。前みたいに異世界の人を連れて来たりしてないんだし、ね?」
「よくないですよ!ああっ、僕の船が…船が…!」
「俺の大事な魔物の資料が…!」
「僕の論文が…!」

大惨事である。
不可抗力とは言え原因でもあるわたしは苦笑いで三人を宥めるアンジュさんからそっと視線を逸らすしかなかった。あとで菓子折りを手に土下座しに行こう。そうしよう。

「材料は揃っていても、また一から機械を作り直すのは骨が折れそうね。二人はもう空き部屋で作業を始めてるんでしょ?」
「み、みたいですね…」
「研究室の片付けは手の空いてる人達に任せるとして、ナマエもカノンノも顔色が悪いわ。今日はもう部屋に戻って休みなさい」

問答無用とばかりにアンジュさんにホールから追い出され、薄暗い廊下は重い沈黙に満たされる。
先程の爆発がバンエルティア号の機能の一部を麻痺させてしまったらしい。今は港に停泊中なのでそう困りもしないが、ニアタとジェイドさんが急ピッチで修理をしてくれている。消えた明かりもいずれ灯るだろう。
部屋に戻ろうとカノンノを振り返る。緑色の瞳は緩く濡れていた。

「…ナマエ…」

瞳から、声から逃れるように首を振って俯いた。

「違うの。…カノンノのことを、リタさんやハロルドさんのことを信じてなかったわけじゃなくて…。ただ、ただ……」

ただ。本当は、何を思って拒絶したのだろう。カノンノに生物変化が移るのが嫌で。嫌で。本当に、そう?
開いた唇から明確な言葉は零れてこない。もう一度緩く首を横に振り、深く息を吸う。
そして、吐き出した。

「…なくなっちゃう、から…」

それはこの心の最奥。何重にも蓋をして閉じ込めた浮遊感。
しいなさんがそれを口にした時からずっとずっと、微かににじり寄っていた身の竦み。足場をなくして落ちていくような、何度となく味わった浮遊感。喉元まで込み上げた悲鳴を飲み込み、震える唇で吐き出す。

「わたしがこの世界にいる意味が、…なくなっちゃう気がした、から…」

この力がなくなったら、わたしはこの世界でどう生きていけばいいのだろう。この力がわたしだけのものじゃなくなったら、わたしの価値は、意味は、責任は。
生物変化が誰かに移ったら。そんな建前の奥で、ずっとそれを恐れていた。ずっとずっと、今この瞬間も。こんな身勝手なことを、永遠に。
カノンノは何も言わなかった。俯いたままきつく目を閉れば、乱暴に扉が開いた。

「あっ、ナマエさん…!」

よかった、と泣きそうな顔で呟き飛び込んで来たのは、シャーリィさんだった。
服は濡れ厚い毛布に包まり、頬からはすっかり色が消え青ざめてさえいる。しかしそれと反比例するかのように、彼女の髪は淡く輝いていた。
突然のことに目を瞬かせるわたしの腕に、シャーリィさんの冷えきった手が縋り付いた。

「シャーリィさん?一体どうし…」
「シフノ湧泉洞で生物変化を起こしてる人達を見付けてここまで連れて来たんです…!ナマエさん、助けてあげてください!」

心臓が跳ねる。
微かに震えるシャーリィさんの冷たい手。視界の隅で目を見開くカノンノ。その唇が声を出すこともなく、だめ、と紡いだ。
この力を誰にも渡したくない。わたしにはこの力しか、ディセンダーになる方法がない。それならわたしが力を使うしかない。わたしがディセンダーなら、例え生物変化が進もうと、わたしが。

「…わかりました」

カノンノを振り返る勇気もなくホールに飛び込む。ふわりと鼻孔をくすぐる甘い匂いに喉を鳴らしたわたしに気付き、セネルさんが躊躇いながらも道を開けてくれた。
ホールの床に倒れ込んだ二人。薄暗いホールの中でも舐めるように輝く宝石の肌。鋭い爪。昏く深い赤色の瞳。わたしを惑わす、甘い匂い。

シャーリィさんの手とは違う、生きているぬくもりのない冷たい手。わたしと同じ温度の手。その手を取り、優しく握る。久しぶりに力を使う感覚を思い出しながら、目を閉じた。


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