世界樹の腕から零れたわたしは、いつの間にか花に抱かれていた。
意識を失っていた覚えはない。柔らかな色の光に目を細め、わたしを抱きしめる花を呼ぶ。

「カノンノ…?」

わたしの肩に埋められていた顔が上がった。カノンノの宝石のような瞳を大きく見開いて、不意にくしゃりとその表情を歪める。カノンノだと、思った。ピンク色の髪に緑色の瞳、少し寂しくなる季節の色をした葉の髪飾り。カノンノだ。彼女こそ、わたしの知るカノンノだ。
それにほっと胸を撫で下ろし、ゆるりと辺りを見渡した。幻想的な色をした天井と、わたしを覗き込むカノンノ。それから、その後ろで呆れたような困ったような顔をしたヴァンさんとユーリさん。宙を滑りわたしの元まで来たニアタが顔を覗き込んできた。

「ボルテックスに近付き過ぎたのだろう。現身から精神が分離していたようだ」
「え…?」
「ナマエもそうだが、カノンノも少し休息が必要だろう。用は済んだ、船に戻ろう」
「だとよ、お二人さん」

カノンノが小さく頷く。まだどこか頭がぼんやりとしていて、わたしも釣られるように頷いた。
力の入らない体で何とか体を起こそうとすれば、カノンノが背中を支えてくれる。小さくお礼を言えば、彼女は表情を歪めたまま微笑んだ。
ようやく頭がはっきりしてきたからか、左目の痛みを思い出す。ボルテックスの近くにいるせいかそれこそ叫び出したくなるほどの痛みだったが、今はもう、この胸は穏やかに凪いでいた。

「ナマエ、立てる?」
「うん、大丈夫。…カノンノこそ、その、どうかしたの?」

わたしにそう問われたカノンノは目を瞬かせ、しかしすぐにふわりと微笑む。下げられた眉と潤んだ瞳。微かに赤らんだ目尻が泣いていたのだろうかと思わせる。
言いたくない。その仕草がそう語っていた。伸ばされた手を取り、引き上げられるように立ち上がる。するりと離れた手に凪いでいた胸が微かにざわついた。
カノンノはわたしのように、知りたかった真実を知れたのだろうか。その真実はわたしのように、わたしよりも、優しいものだったのだろうか。
そうであれば、いい。

「すっきりした、って顔してんな」

いつの間にかカノンノはニアタの元へ、代わりにユーリさんが側にいた。
彼を見上げる。ふと、頬が緩んだ。

「…そうですね。世界樹からのプレゼントのおかげです」
「プレゼント?」

頷く。でも答えない。
あの光景は、世界樹がくれたものだ。何も見えずにいたわたしに、世界樹がくれた贈り物。赤い流星と、激しい痛みと、世界樹の優しいぬくもりを思い出して目を閉じる。
微かにざわついていた胸が静かになっていく。雑音も消え、凪いだ心は澄み渡っていた。
この心に従うのだ。だから、わたしは。

「ディセンダーになりたい」

そう呟いたわたしの横顔に、ユーリさんが視線を感じた。はっとして口を押さえ、ごまかすように声を上げた。

「なっ、何でもないです!ほら、早く帰りましょう!」
「わかった、わかったから引っ張るなって」

ユーリさんの腕を引き、少し先にいるカノンノ達の元へ歩く。
わたし、何てことを。口を押さえながら首を傾げた。世界樹の言う通り、この心に従うと決めた。そうしたら、何故か、あんな言葉が。おかしい。だってわたしはあんなにも、ディセンダーになりたくなかったのに。

「ナマエ、」
「はい?」
「少し止まれ」
「そう声をかけてくれるだけで足は止めるので襟首を持つのはやめてください首が締まります」
「お、調子が戻ってきたな」
「ユーリさんもね!」

後ろから襟首を持たれたまま悔し紛れにそう叫んで見上げれば、ユーリさんは夜空色の瞳を瞬かせる。その夜空には星が輝いていた。あの夜と、違って。
ユーリさんはわたしの襟首から手を離す。さっと距離を取れば何か言いたげにわたしを見たが、警戒しながら言外に何用だと問うわたしに頭をかく。彼らしくない仕草だと思った。

「一つだけ聞くぞ」
「な、何ですか」
「お前にも言いたくないことがあることくらい、ヴァンに言われなくてもわかってる。俺が言えることじゃないのも、な。だから、…いや。だけど、これだけは聞かせてくれ」

歯切れの悪い。

「お前、これからどうするつもりだ?」

心臓が跳ねた。

「どう、って…」
「このままラザリスを封印して、それで生物変化が治るかどうかはわからないんだろ。それなのに、このまま封印次元に賭けるつもりなのか?」
「でも、他に方法は…」
「穏便な方法じゃなけりゃいくらでもある」

穏便じゃない方法。ユーリさんの言葉の意味がわからずに俯く。それでも、その言葉が持つ冷たい響きに身が震えた。
ユーリさんを見る。彼の顔から綺麗に表情は消えていて胸が騒いだ。彼は優しい人だ。偽悪者を気取っているけど、それも周りのみんなのため。だから、彼にそんな冷たい顔をさせてしまっているのは、わたしだ。
わたしのせいだ。途端に早鐘を打ち始めた心臓をきつく押さえ、深く息を吐く。言葉を間違えてはいけない。わたしの言葉で、わたしの気持ちを表さなければ。

「……本当のことを言うと、封印なんてしたくないです。でも、今のラザリスとルミナシアは…わたし達は、共に生きていくことが出来ないから」

その事実を言葉にすることが悲しい。
赤い流星、激しい痛み、世界樹のぬくもり。全てが、今のわたしをこの地に立たせているのだ。

「わたし、見付けたいんです。あの子と一緒に生きていける方法を。だから、」

ディセンダーに、なりたい。

「…この世界で生きたいんです。地球でもジルディアでもなく、あなた達が生きるこのルミナシアで、ラザリスと一緒に」

喉の奥まで迫り上げた言葉は辛うじて噛み殺した。さすがに、それを口に出すのは躊躇われた。
ナマエ、と遠くでカノンノがわたしを呼ぶ。どこか心配そうな顔をした彼女に手を振り、再びユーリさんに視線を戻す。彼は、わたしの言葉の意味を理解したのだろう。息を呑んで何も言えずにいる彼の手を取る。
何か言いたくて、けれどわたしの意志を汲んで何も言わないでくれるユーリさんに苦笑を浮かべてその手を引いた。

わたしの心の思うまま。寂しくても、痛くても、苦しくても、わたしが決めることだから。


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