カノンノは操舵室の大きな窓から、空を眺めていた。わたしがやって来たことに気付くと、笑顔で迎えてくれる。
「依頼お疲れ様、カノンノ」
「ナマエこそ、リッドと狩りに行ってたんでしょう?お疲れ様」
お互いに笑い合う。確かにリッドさん達とも大分打ち解けられたと思うけど、やっぱりカノンノが一番だった。何だろう、安心する、のかな。
ロックスさんからだと紙袋を渡せば、カノンノは嬉しそうに紙袋を開く。出てきたのは、スケッチブックに絵の具に絵筆。予想外のものにわたしが驚いていると、大切そうにスケッチブックを抱きしめたカノンノが、照れ臭そうに笑う。
「ごめんね。あまり上手じゃないから、なかなか言い出せなくて…」
「そんなこと…」
「でもね、ずっとナマエに見てもらいたいって、思ってたの」
見てくれる?と不安そうに首を傾げた彼女に、わたしはすぐさま頷いた。
*
部屋まで戻り、手渡されたスケッチブックを静かに開く。
何というか、不思議な絵だった。どこかの風景、だろうか。わたしの知らない場所かもしれない。けれど、丁寧に描かれたその絵は、決して下手なんかじゃなかった。
「カノンノはすごいね。すごい上手だよ!」
「あ、ありがとう…」
「ねえ、これってどこの風景なの?」
わたしの問いにカノンノは目を伏せ、恥ずかしそうにスカートの裾をいじり、眉を下げて笑った。
「私も知らない」
「え?」
「私は、この風景がどこかにあるんじゃないかなって思ってるんだ」
カノンノの手が、スケッチブックを撫でる。その白い紙を見ていると、彼女の目には色々な風景が浮かんで見えてくるらしい。カノンノが開いたスケッチブックを覗き込んで見るけれど、わたしの目には何も映らない。ただ白い紙が、そこにあるだけだ。
「ならこれは、カノンノが見えた風景なの?」
「うん。その見えた風景を筆でなぞって、出来たのがこれらの絵なの」
カノンノの瞳には浮かび見えて、わたしの瞳には浮かび見えない風景。
首を傾げるわたしに、カノンノは微かに自嘲混じりの、諦めたかのような微笑みを浮かべた。
「私もね、どうしてかは分からない。でも、見えるんだ。他の人にも見せたけど誰も知らないし、作り話でしょって笑われちゃうの」
普通に考えれば、荒唐無稽な話なのだろう。
でもカノンノは、異世界から来たなんていうわたしの荒唐無稽な話を聞いてくれただけじゃなく、わたしを信じて、こうしてルミナシアでの居場所をくれた。そんなカノンノが、嘘を言うはずがない。
「わたしは、カノンノの話を信じるよ」
弾かれたように顔を上げたカノンノに、恥ずかしさを隠すことなく、情けない顔で笑った。
「だって、その、わたし達、友達でしょ?」
恥ずかしさに耐え切れずに俯いたわたしに、カノンノの声が降り落ちる。微かに震えた声でのありがとうに、わたしの涙腺も震えた。
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