結局、シナモンロールも紅茶も残してしまった。作ってくれたロックスさんには申し訳ないけど、今は食べる気分になれない。クレアさんに会わせる顔がなくて、逃げるように食堂を後にした。

「アドリビトムってギルドは、ここで間違いないかい?」

今日はもう部屋に戻ろうとカノンノに手を引かれてホールを横切ろうとした時、扉が開く音がして振り向けば、熟れた林檎のように綺麗な髪を二つに結った、刺激的な服装の美少女がいた。
新しい依頼だろうか、カノンノと二人でホールに戻る。しかし、彼女は首を横に振った。

「先日、ルバーブ連山を村人全員が越えるのに協力してもらったペカン村の者さ」

首を傾げたわたしとは反対に、カノンノが嬉しそうな声を上げる。わたしと出会った日、彼女はこの依頼を受けてルバーブ連山で魔物の討伐をしていたらしい。
アンジュさんも嬉しげに新天地の様子を聞く。元々ペカン村があった土地は、ウリズン帝国に星晶を採り尽くされ、作物も育たない。確かにそれなら思い切って新しい土地に移り住んだ方がいいだろう。

「んて、今日は報酬の件で話があってさ」
「単刀直入に言っちゃえば、お金がないってことなのよね〜」

新しい村の設立にもお金がかかる。アドリビトムに依頼料を支払う余裕がないのだと、赤髪の美少女の背後からより鮮やかピンク色の髪の、どこか怪しい雰囲気の美女が顔を出す。
気まずい雰囲気がホールに下りる。確かに報酬がないのは問題だけど、だからといってペカン村の人達は出したくても出せないのだ。アンジュさんと美少女の顔を見比べ、彼女が背中に背負う弓に気付いた。
恐る恐る、美少女に声をかける。

「あ、あの、もしかして戦えますか?」
「ん?ああ、一応ね」
「それならこのギルドで働いて返すっていうのはどうですか?その、わたしみたいに」

正確にはまだ見習いだけど。まだ働いて返し始めてもないけど。
わたしの頼りない提案に美女は手を叩いた。

「そう!私もそう言おうと思ってたのよ〜。あなた、良いカンしてるじゃない」
「あ、ありがとうございます…?」

美少女の方は村を離れなければならないことに心配そうだったけど、この船ですぐ村に帰れる上、ここで物資を集めて村に送ることが出来るので、最終的には快諾してくれた。
カノンノは新しい仲間が出来たことに喜び、アンジュさんは人手不足解消を喜んでいた。わたしの提案が役に立った。わたしはそれが嬉しかった。

「…ありがとね」
「え?」
「さっき、提案してくれて。あたしも考えてたんだけど、さすがに図々しいかと思ってさ」

言い出せなかったんだ、と美少女は照れ臭そうに笑った。
ありがとう。沈んだ心にその言葉が染み渡る。それはわたしが、無知で無力なこのわたしが、この世界で誰かの役に立てた証だ。
そんな些細な幸せを噛み締め浸るわたしに、アンジュさんが柔らかく微笑みかけた。

「あなたも早く一人前になって、困っている人のために働いてね。そうすれば、もっとたくさんの人の役に立てるわ」

いつか、クレアさん達のような人のためになれる日が来るのだろうか。
迷惑をかけるだけじゃない。元の世界に帰るその日まで、このルミナシアの人達のために出来ることが見つかるだろうか。
こんなわたしがこの世界に来た意味を、見つけられるだろうか。

「ま、そういうわけで、これから世話になるよ。あたしはナナリー・フレッチ、家事と弓の使いならお手の物さ。よろしく頼むよ」
「わたしはナマエ・ミョウジです。まだ見習いですけど、よろしくお願いします」
「ヨロシク〜。私はハロルド・ベルセリオス。大天才科学者よ!」
「天才…科学者?」

聞き慣れない名称に首を傾げれば、カノンノが手を叩いた。

「ねえ、もしかしたらナマエのことも何か分かるかな!」
「何々?さっそく私の頭脳が必要な感じ?」

カノンノの話にベルセリオスさんは興味がそそられたらしい。もしかしたら何か分かるかもしれないという淡い期待を抱いたわたしに、ベルセリオスさんの爛々と輝く瞳が向けられる。どこから出したのか、特大サイズの注射器を手に。

わたしはその後、二度とベルセリオスさんに頼らないと誓った。


menu

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -