一際大きな扉を潜れば、何本も柱が立ち並ぶ広間のような場所に出た。
広間はそのまま外に繋がっているらしく、白い床が太陽を照り返し、光が目に刺さるようだった。
その白い空間の中、明らかにここヴェラトローパに異質であろうものが、宙を漂うように浮いている。
黄金色の、小さな人形。それはいわゆる、ロボットと呼ぶのが相応しいだろう外見をしていた。

「この物体の質感…。この世界には存在しないものかもしれない」
「ええ。私、呼び掛けてみるわ」

キールさんが興味津々にそのロボットを眺めている横で、ジュディスさんは瞳を閉じた。
呼び掛けるって、まるでこれが生きているみたいな言い方。絵本に描かれるように小さなロボットを眺めながらジュディスさんが口を開くのを待っていると、ふと、ロボットの顔のような目のような部分が、輝いた。

「我々に呼び掛けるのは誰だ」

それが言葉だと理解するのに、時間が掛かった。あまりにも抑揚のない、まるで音を組み合わせただけとでも言えそうな、静かな言葉の羅列だったからだ。
驚き絶句するわたしとキールさんに構わず、ジュディスさんはそのロボットへと一本足を踏み出した。

「そなたらは…ルミナシアの民か。そこの娘は…チキュウの民か?いや、それにしては…」

聞くはずのなかった地球と言う言葉に、心臓が音を立てた。躊躇うように言葉を途切れさせたロボットは、まるで観察するようにわたしに光を向ける。
無機質な光から隠れようと思わずキールさんに肩を寄せれば、下がっていろと言わんばかりに背中に庇われた。

「あなたが…創世を見届けし者?」
「左様。我々はニアタ・モナド。肉体を捨て、ディセンダーの介添人として一つの機器に宿った精神集合体。そなたらと異なる世界、パスカのディセンダーに仕えし者だった」

異世界人って、実は珍しくも何ともないらしい。
機械音のような、雑音のような、声のような音に静かに耳を傾ける。

「異なる世界のディセンダー?あんたの世界にも世界樹があったってことか?」
「左様。だが、我々の世界は遥か昔に寿命を迎えもう存在していない」

そう言った時のニアタさんの声は、どこか寂しげな音だった気がした。

「世界もなく、仕えるディセンダーもおらず、我々は朽ちぬ機械の身体のままあらゆる世界を旅している最中に、まだ種子の状態だったこの世界を見つけたのだ」
「そして、このルミナシアの世界の創世を目にしたのね」
「そうだ。そして、この世界が我らの世界パスカの記憶を受け継ぐものかどうか、それを知るために留まった」
「パスカの記憶…?」
「世界樹の種子は、その親となる世界の記憶を受け継ぐ」
「…遺伝子の情報、みたいなものですかね…?」
「恐らくな」

話がどんどん難しくなっていって、正直ついていけない。
恐る恐るキールさんの背中から出てみれば、ニアタさんの無機質な瞳の光が再び向けられる。探るような、観察されるようなそれが、居心地が悪かった。

「…世界樹も本当に生物と同じなんだな。では、伝えられる記憶を元に新しい世界は構築されるのか?」
「そうだ。そうして生まれ行く世界は進化し続ける」
「このルミナシアにあなたの故郷、パスカの記憶が?」
「いいや、ここは我々の世界パスカの記憶を有していなかった。だから、我々は六千年前にこの世界を去ったのだ」
「え、でも、今…」

話しているじゃないか。
そう口に出す前に、ニアタさんがジュディスさん達に向けていた瞳をわたしに向けた。

「今、そなたらと対話しているのは我々の端末の一つ。本体は遠く時空を隔てた別の世界にある」
「端末だって?何のためにそんなことを…」
「我々とて、世界樹の全てを知っているわけではない。この身体朽ちるまで、それを探求したかったのだよ」

キールさんは気持ちがわからないわけではないのか、それ以上突っ込むのをやめた。
壮大過ぎる話を必死になって頭の中で整理していると、ふと、ニアタさんの目がわたしに向けられたままのことにようやく気付いた。

「それに、我々には誓いがある。世界に危機訪れし時、そこに住む民に力を貸すと」

ニアタさんはふわふわと漂うように、宙を滑るように、わたしへとやって来る。
驚いて身構えたわたしとキールさんに気付いたのか、ふと、わたしからほんの少し距離を取って、空中で停止した。

「そなた、チキュウの民でありながら、ディセンダーの力を持っているのだろう。何故世界樹はそのようなことを?」
「ほ、星晶を採掘し過ぎて、世界樹が疲弊してるんじゃないかって、言われました…」
「疲弊?…それはおかしいな、確かに世界樹が疲弊することもあるだろうが、ディセンダーを生み出すことも出来ないのなら、こうして世界を保つことすら出来まい」

頭に響いたのは、警報のような開幕のベル。
ふらりと足が縺れ浮遊感を味わい、ジュディスさんが肩を支えてくれた。

「彼女、…ナマエは突然何らかの力が作用して異世界からこちらの世界に来てしまって、偶然にも疲弊した世界樹から力を貰った、と私達は推測しているのだけど」
「偶然など有り得ない。もしも本当に世界樹が疲弊しいたとしても、異世界の民に力は与えないだろう。そなたに力を与えなければならない、切羽詰まった理由があったのだろうな」

気遣うように、ジュディスさんがわたしの背中を撫でてくれた。優しく肩に頭を置くよう促され、抗わずに寄り掛かる。

「そなた、ナマエは何故ルミナシアに?」
「まだ調査中だ。しかし恐らく、偶然じゃないとしても、世界樹が連れて来たとは思えないな」
「そうだろうな。そもそも、世界樹が連れて来る理由もない。……そなたら、この世界に封じられているもう一つの世界のことを知っているか?」

ジュディスさんとキールさんが揃って頷いた。
そう言えば、当初の目的はラザリスについてだったと、今更ながらに気付く。

「この世界に封じられていたもう一つの世界、あなたは見ていたのでしょう?それが、このルミナシアに現れたの。一つの人格と、姿を得て…」
「なるほど…。生命の場を持たない情報だけの存在が、この世界の生命力を得て、姿を持ったのだな」
「生命の場?情報だけの存在とは?」
「世界樹の種子に実体はなく、輝くエネルギーのみで構成されている。そこには、生命を生み出す力『生命の場』と、いかなる世界を構築するかの『情報』がある。この二つがなければ、種子は芽吹かない」

ラザリスは、生命を生み出す力を持たない世界だと言うのだろうか。それなら本当にどうして、ルミナシアの世界樹はラザリスを取り込んだのだろう。
ニアタさんが、再びわたしを見た。

「異世界、それもチキュウと言うルミナシアから遠く離れた世界から人間を連れて来るなど、そう簡単に出来ることではない。しかし、いくら情報だけの存在とは言え、世界は世界だ。ナマエをルミナシアに連れて来たのは、その封じられていた世界かもしれん」
「ラザリス、が…?」
「どういう理由でナマエを連れて来たかは分からないが、ルミナシアの世界樹に連れて来る理由がない以上、そのような奇跡を起こせる存在は、その世界以外いない」

でも、確かに、あの少女はわたしの名前を知っていた。まるで、わたしを元から知っていたような口振りだった。
そう言えば、彼女はこうも言っていた。ルミナシアの世界樹に、わたしを奪われた、とも。

「…わたしは、ラザリスに連れて来られて…ルミナシアの世界樹に、ディセンダーの力を与えられた……?」
「そう考えるのが妥当だろう。しかし、そなたの身体の内を蝕む毒は、自身が持つディセンダーの力で浄化が出来ないようだな…」

身体の内を蝕む、毒。
弾かれたように顔を上げた。もしかして気付いたのかと、心臓がうるさく音を立てる。
そうだ、確かに当初の目的はラザリスだった。けれどわたしは、セルシウスが言った一縷の希望に縋って、ここまで来たのだ。
ジュディスさんの肩から離れ、ニアタさんの小さな金属の体に縋り付く。

「毒、毒って、もしかして…」
「そうだ。ディセンダーの力を持つ者、そなたの身体の大半を蝕む…」

言葉の途中、だった。
白い腕が強引な力でわたしをニアタさんから引き剥がしたのと、ニアタさんが赤い光に貫かれたのは、正に同時。
赤い光に貫かれたニアタさんは一瞬にして呆気なく爆発し、頬に彼の体の一部が掠めた。

「そうだよ、君の身体を蝕む毒だ」

鈴を転がすような声。
かつん、と、靴が白い床を叩く音が唐突に聞こえた。

「そんな顔をしないで、大丈夫。もう少しで、君の身体を蝕む忌ま忌ましい毒が浄化される…」

ジュディスさんの腕の中に庇われたまま、静かに振り返る。
その冷たい手を広げて、年端もいかない少女には相応しくない笑みを、恍惚の笑みを、浮かべた。

「ナマエは、僕のディセンダーになるんだから」


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