あれからはもう本当に、波瀾万丈な毎日だった。
まずはカノンノに連れられてギルドの仲間達への挨拶。どうやらアンジュさんからわたしの事情は説明されていたらしく、この世界に不慣れなわたしを気遣ってか、とても良くしてくれる。いい人達ばかりだ。
それから、魔術の勉強。どうやらカノンノも少し魔術が使えるらしく、わたしの訓練に付き合ってくれている。残念ながらこの世界の文字が読めないわたしは教本を頼ることが出来ないし、そもそも勉強が苦手なわたしにそういう学び方は向かないだろうと考え、とにかく魔術を使う訓練をしていた。

「シャープネス!」

赤い光がカノンノを包んで、彼女が振るう大剣の威力が増す。
プチプリと戦うカノンノが怪我をしていないことを確認し、深呼吸してから集中を始めた。
大気に漂うマナと身体を流れるマナを、ゆっくりと重ねる。集めたマナが足元で術式を描くのを確認して、自然と閉ざした瞳を開き、杖を振り上げた。

「ファイヤーボール!」

現れた火の玉が、今にもカノンノを攻撃しようとしていたプチプリに当たり、プチプリは光となって消えていった。
周りに魔物がいないことを確認して、息を吐いて座り込む。そんなわたしの元へ、カノンノが花のような笑顔で駆け寄って来た。

「ナマエ、すごい!もう立派に戦えてるよ!」
「ほ、本当に?」
「うん!そろそろ一人前って言えるんじゃないかな!」

まるで自分のことのように喜んで抱きついてきたカノンノを受け止め、わたしも笑う。コンフェイト大森林に響き渡る笑い声は、なかなか途切れることはなかった。





「それでは、ナマエ様はもう一人前になられたのですか?」
「ううん。でも、試験は受けられるんじゃないかってアンジュに伝えておいたから、きっとすぐに一人前になれるよ」
「そうですか。頑張ってください、ナマエ様」
「が、頑張ります…」

異世界に来てまで、試験なんて言葉を耳にするとは思わなかった。依頼から帰ったばかりのわたし達を出迎えてくれたロックスさんお手製のシナモンロールにかじりつき、密かに嘆いた。
コンフェイト大森林から船に戻り、依頼達成の報告のついでに、そろそろ一人前の試験を受けさせてはどうだろうかと、カノンノが言ったのだ。
わたしとしてはまだ一人で依頼をするのは不安だけど、依頼料と居候代を稼がなければならない。
役立たず返上だと心の中で意気込みつつ、シナモンロールに再びかぶりつく。
ふと、食堂の隅から小さなため息が聞こえた。視線をやれば、いつも暖かい笑顔で食堂に来るわたし達を迎えてくれるはずのクレアさんが、曇った表情をしていた。

「クレアさん、どうかしたんですか?」
「…え?ああ、大丈夫よナマエ。それより、私もカノンノみたいに接してって言ってるじゃない」
「あ、す、すみません」
「無理しないで。でも、私もナマエと仲良くなりたいの」

そう言って、クレアさんは優しく笑った。でも、どこかその表情は晴れない。
ロックスさんやカノンノも、そう思ったらしい。三人して心配そうな視線を送れば、クレアさんは長い睫毛を伏せた。

「ごめんなさい、本当に何でもないのよ。ただ、ちょっと…故郷のヘーゼル村が気になって」

クレアさんとヴェイグさん、そしてアニーさんの故郷であるヘーゼル村は現在、ウリズン帝国に占拠されているらしい。
村の住民達は星晶の採掘だけを強いられ、残された女子供や老人達では、まともに食料を生産することが出来ない。
だからヴェイグさんやアニーさんは、ここで働きつつ必要な物資を集め、ヘーゼル村へ送っているそうだ。

「ナマエがこの世界に来たばかりの頃に教えたよね。星晶があるとされる小さな国や村は、大国に搾取されるがままになってるって」

シナモンロールと紅茶のおいしそうな匂いが、何だか今は苦しかった。
カノンノに聞いたこの世界の事情を、わたしはまだちゃんと理解していなかったのかもしれない。思い出すのは歴史の授業で学んだ、戦争。
戦争のない平和な時代、平和な国で生きるわたしには、まるで遠い国の話だった。けれど、今はすぐ近くの話。虐げられ、搾取されている人達が、わたしの視界の中にいないだけ。

「ナマエ、そんな顔しないで。大丈夫よ、ヴェイグ達も頑張ってくれているし、アドリビトムのみんなも協力してくれている。ヘーゼル村のみんなは、きっと大丈夫」

そんなことを、思っていないだろうに。
そう言ってわたしの手を握り微笑んでくれたクレアさんの澄んだ瞳には、確かな影があった。
自分の世界の狭さが恥ずかしい。暖かい手の温もりを感じながら、わたしは自分自身の手の冷たさに小さく驚いていた。


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