迷路のような宮殿の中を歩き回り、後衛のわたしとキールさんが疲れ始めた頃、最後の壁画を発見した。
わたし達とは違い軽い足取りのまま壁画に近付いたジュディスさんは、しかし、すぐ眉を寄せる。

「…この絵は…」
「世界樹と、横に描かれているのは…?」

壁画には、世界樹と何かが描かれていた。何か、と表現するしかないそれは、禍々しく描かれている。少なくとも、良くないものであるのは確かなようだ。

「…これは、世界樹の種子…。ルミナシアではない種子よ。それがこの世界の近くにあったと描かれている…」
「こ、こんな禍々しいものが…世界樹の種子なんですか…?」
「確かに、描かれ方が妙だな。ただの種子じゃないのか?」

二人して首を傾げていると、壁画から情報を読み取っていたジュディスさんが、はっとして顔を上げた。

「分かったわ…!私達の世界ルミナシアが生まれる一方で、傍らにある芽吹かなかった世界がこの世界に取り込まれてる。このことなのよ、ラザリスが言った『生まれるはずだった世界』は。ラザリスの正体は、もう一つの芽吹かなかった世界そのものなんだわ」

ジュディスさんが指差した先は、禍々しく描かれた何か。黒々と描かれ、中心に赤く瞳が輝くそれが、あの華奢な少女だなんて。
絶句するわたしとは対照的に、キールさんは驚きの声を上げた。

「ラザリスが、発芽しなかった世界の種子だったって?何故世界樹にそんなものが取り込まれているんだ!」
「何故種子を取り込んだのかは分からないわ。でも、種子を取り込んだことによってこのルミナシアに大きな災厄が起こったと…」
「…セルシウスが言ってた…。星晶で封印されていた災厄が解き放たれた時、恐ろしいことが起きるって……」

しかし彼女は、どんなことが起きるかは精霊にも知らない、とも言っていた。
ジュディスさんは戸惑うわたしに、静かに頷いて見せる。

「どんな災厄があったかは伝えられていないわ。…あまりにも理が違うため、としか読み取れないの」
「理って…?」
「この世界の理。つまりは、ここルミナシアとラザリスの世界はあまりにも違う世界と言うこと。そして確かなのことは、ルミナシアの世界樹はもう一つの世界を取り込んでいると言うことよ」
「何で、どうして世界樹は、そんなこと…」

芽吹かなかったと言うことは、つまり、ラザリスは本来ならもうとっくに死んでいた世界。
どうしてそんなものを、わざわざ自分の中に取り込んだのだろう。災厄を封じ込めようと、いつかそれが解き放たれることだって考えられたのに。

「ラザリス、赤い煙…。星晶によって封じられていたと言っていたな」
「そう。星晶はやはりそのために世界樹が生んだものみたい。人々のエネルギーにするためではなく、ね」

世界樹が、もしも本当にわたし達と同じように、生きているとしたら。
そう思うと、何故か言いようのない漠然とした不安が押し寄せる。生きているのに、意志の疎通が出来ないからだろうか。
ヴェラトローパの小さな庭園からは世界樹の姿が見えなくて、あの雄大な姿をした木に不安と疑念を抱く日が来るとは、昔のわたしは思いもしなかったのに。





「どうやら、壁画はこれで終わりみたいだな」

庭園から宮殿内に戻り、再び周りの調査を始めるも、どうやら壁画のある庭園はもうないらしい。
その代わりに、一本だけ道が繋がっていた。このヴェラトローパの、奥へと続く道だ。

「創世を見た人、いませんでしたね…」
「そいつの墓もなかったな。…もっと奥の調査が必要か?」
「ええ。創世伝えし者に会ってみたいわ」
「わたしも、会ってみたいです」

ねえ、と言われ、はい、と頷く。

「僕は反対だ!こちらに敵意を向けられる可能性もあるだろう、そいつが必ずしも味方であるとは言い切れない」

キールさんの言うこともわかるけど、でも。
せめてそれならわたしだけでも、いやでも依頼での単独行動は禁止だしそもそもキールさんが許してくれないし。
頭の中でもだもだと考えていると、キールさんのわざとらしい咳ばらいが聞こえた。

「…ま、まあ、その、もうちょっと調査が必要なのは認めるが…」
「ふふ、甘いのね」
「し、仕方ないだろう。僕の目の届く範囲に置いておかなければ…」
「あらあら。それじゃあ決まりね。ナマエ、行きましょう」
「は、はい!」

なぜかキールさんは気まずそうだけど、とりあえず奥に進めるらしい。
相変わらず楽しげなジュディスさんの後に続き、足を進めた。


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