前にわたしがドクメントを展開した時は、多少の疲労感はあったものの、一日休めば回復する程度だったのに。
青白い顔をして医務室のベッドに横たわるカノンノは、一日経っても目を覚ますことはなかった。
リタさんは、もしかしたら本来人間が持ち得ないはずのドクメントを細かく展開したから、負担が倍以上だったのかもしれないと、悔やむように口にしていた。

「ナマエ、ロックスから差し入れだよ」
「おいしそうなサンドイッチですよ。少し休憩しましょう?」

ナナリーさんとアニーさんの誘いに首を振る。
カノンノの手は、わたしの冷たい手よりも、より冷たい。いつもいつも、あんなに温かい手をしていたのに。
ため息を吐いてサンドイッチを口に放り込んだナナリーさんは、わたしの隣に座る。

「カノンノが望んでやったことなんだ、ナマエのせいじゃないだろ?」
「…わたしがヴェラトローパに行きたいって言わなきゃ、カノンノはこんなことしなかった」
「だとしても、結局決めたのはカノンノだ。カノンノが、ナマエのためにやったことだよ。自分のせい、だなんて思わないどきな」

それでも、自分を責めるような言葉しか浮かばなかった。
カノンノだけは、わたしがヴェラトローパに焦がれていたことを知っていた。それを知っている彼女は、きっとわたしのために我慢してくれた。
わたしのために。わたしの、せいで。

「…でも、これでナマエさんも私達の気持ちがわかったでしょう?」

アニーさんはナナリーさんと反対側の、わたしの隣に腰を下ろした。
きつくスカートを握りしめたわたしの手を、彼女の手が優しく包む。
俯いたわたしの顔を覗き込むアニーさんは、どこか安らかな、慈しむような微笑みを浮かべた。

「ナマエさんが無理をする度、私達もこんな想いをしているんです」
「………でも、」
「私達のために、私達のせいで、ナマエさんが傷付いていくんだって…、私、いつも思ってるんですよ」
「まあ、いい薬にはなったんじゃないかい?前の謹慎も、効いてなかったみたいだしね」
「…………何で…?」

ナナリーさんに頭を撫でられながら、小さく疑問の言葉を呟いた。
何で、あなた達がそんなことを思うの。
二人はきょとんとした顔でお互い顔を見合わせると、ため息のように笑いを零した。

「仲間が無茶をしたら、心配して当然だろ」
「カノンノさんは、確かにナマエさんのためにこんなことをしたのかもしれません。でも、友達のために何かをするって、当たり前のことじゃないですか」

当たり前のことだと言い切れる。この世界には、優しい人ばかりだ。
最初は自分の存在を確立したくて始めたことで、打算と欲と恐怖に塗れた想いだった。
けれど、わたしはこの世界のことが愛しくなってしまった。美しい自然、優しい人達。困難と苦痛と恐怖が隣り合わせで、それでも輝くような思い出。わたしが見てきた全部を、わたしの手が届く全部が、幸せになればいいと、思ったから。
恩を返したい。彼女が、カノンノが、幸せになればいい。異世界から来たわたしに、あの花開く笑顔をくれた、親友に。

「ほーら、しっかり泣いときな!中途半端に我慢するなんて、体にも心にも悪いからね」
「きっと、ナマエさんが帰って来る頃にはカノンノさんも目を覚まされていますよ」

カノンノが目を覚ましたら、たくさん謝ろう。
たくさんたくさん謝ってから、色々なことを話そう。あの夜のこと、この身体のこと。
きっとわたしはずっと無茶を繰り返すし、覚悟なんて脆く崩れる。痛いことは嫌いで、責任なんて重い。親友より自分の身を選ぶような情けない奴だけど、でも、見限らないで。
何でもするから、世界だって救ってみせるから、嫌いにならないで。

「全く、手のかかるディセンダー様だねえ」

こういう時は泣くもんだよ。優しく背を撫でるナナリーさんの手に、静かにきつく目を閉じて首を横に振る。
もう一度泣けるようになるために、わたしはヴェラトローパに行くのだから。きっと、涙を流すには早過ぎる。





空を見上げれば、青い空に一カ所だけ浮かび上がる異次元。
カノンノの描いた絵のように、どこか物悲しさの漂う不思議な建物だと、頭上に鎮座するそれを見上げながら思った。
ふと、甲板の床が小刻みに震える。バンエルティア号が高度を上げるのだろう。甲板の縁を掴み、もう一度空を見上げる。
今のわたしには、自分のためにもカノンノのためにも、ヴェラトローパに行くしかない。
不安と、胸騒ぎと、それから恐怖。そんなものくらい、いくらでも捩伏せられる。


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