木の棒。もとい、杖。
セレーナさんから渡されたそれを手に、わたしは深くうなだれた。依頼料兼居候代として働くのは全く構わない。
でも、これだけは勘弁してほしかった。

「大丈夫だよ、ナマエ。私も少しは教えてあげられるから、一緒に頑張ろう!」
「あ、ありがとう、ございます…」

グラスバレーさんに励まされながらも、わたしの気持ちが晴れることはない。つまりセレーナさんは、わたしにもグラスバレーさんのように戦えと言っているのだ。
平和慣れした日本人女子高生であるわたしが、グラスバレーさんのように戦えるだろうか。セレーナさんから杖か剣を選ぶように言われ、迷うことなく杖を選んだ理由なんて分かっている。ただ、刃物を持つことが怖かっただけだ。

「まずは魔術をちゃんと使えるようになること、そして鍛えて体力をつけること。いいね?」
「…は、はい」
「しばらくは教育係としてカノンノに任せるわ。ちゃんと一人前にしてあげてね」
「はい!」
「それじゃ、ナマエをアドリビトムの一員として迎えます。これからよろしくね」

それと、私のことはアンジュって呼んで。
グラスバレーさんに手を引かれるわたしの背中にセレーナさん、アンジュさんがそう呼びかけた。振り返って見れば、彼女は柔らかく微笑んでわたしに手を振った。





グラスバレーさんに手を引かれ、船内を案内される。体力的にも精神的にも消耗しているわたしを気遣い、他の仲間達への挨拶は明日にしようと提案してくれた。
このバンエルティア号はとにかく広くて、迷子にならない自信がない。グラスバレーさんにもらった見取り図を頼りにとりあえずトイレとお風呂の場所だけは覚えた。
食事は食堂で取るらしいけど、今日のところはもう休みたい。そう思っていると、グラスバレーさんはふと足を止めた。

「ねえ、私のこともカノンノって、名前で呼んでほしいな」

そう言いながら振り返った彼女は真剣な顔をしていて、少し驚いた。

「ええと、わたしが呼んでもいいんですか?」
「もちろん!あ、敬語もなしね」
「でも、グラスバレーさん…じゃなくて、カノンノさんは先輩ですし」
「そんなの気にしなくていいよ!」

わたしは気にします。
目上の人や上司、先輩には丁寧に接するべきだという日本人の常識は、この世界では通じないのだろうか。何と言うべきか口を開くのを躊躇っていると、捨てられた子犬のような顔をしたカノンノさんが、わたしの両手を取った。

「せっかく一緒の部屋に住むんだから、そんな他人行儀なのはいやだよ」

カノンノさんはすぐ横にあった扉を開け、わたしを部屋に招き入れる。
花が活けられ、可愛らしい小物が飾られた部屋はどうやら彼女のものらしい。二つ置かれたベッドの片方は誰かに使われているようだけれど、もう片方は綺麗に整ったままで、どうやら使われていないようだ。

「こっちが私が使っているベッド、そっちがナマエのベッドね」
「えっ?」
「聞いてなかった?ナマエは私と相部屋だよ」

そういえば、聞いたような気が、する。わたしが杖を受け取り、うなだれていた時に。
ということは、これからわたしは彼女と、カノンノさんとこの部屋で暮らすのか。不思議な気分で部屋を眺める。

「私ね、ずっと、一緒にこの部屋で暮らしてくれるルームメイトが欲しかったの」

カノンノさんは照れたように笑い、わたしの両手を握りしめた。
その手はあんな大きな剣を振るっているからか、わたしの手とは違っていた。

「だからね、ナマエさえ良ければ、もっと仲良くなりたいんだ」

思わずカノンノさん、と小さく呟けば、不満そうに恨めしげに睨まれる。
ここまで言われて、常識だの価値観だのに囚われたままでいるのは馬鹿らしい。彼女の両手を柔らかく握り返し、わたしが出来る精一杯の笑顔で、言った。

「これからよろしくね、カノンノ」

それはわたしがこの世界に生まれ落ちた最初の日のこと。


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