『ねえー、これ生きてるー?』
『近づきすぎだぞ。何が起こっても知らないぞ』

二人の声が聞こえる。私いつの間に寝たんだっけ…少し目を開けてみたが近くには誰も居ない。先程の声は気のせいだったんだろうか。最近空耳が酷いな…取りあえず起き上がろう。体を起き上がらせると頭に何かがぶつかった。いたい。

『いったぁー…』
『言わんこっちゃない』

まわりを見回してみても人はいない。また空耳…視線を下げればそこには顎を翼で押さえ涙目のポッポと、そのポッポの頭を撫でているピジョンがいた。

「……ごめん大丈夫?」
『ちょっと痛いけど大丈夫だよー。君生きてたんだね。倒れてたから死んでるかと思っちゃった』
『おい、もう行くぞ』
「心配してくれてありがとう。いきなりで悪いけどここが何地方でどこの近くか分かる?」
『へ?カントーでたしか近くにマサラタウンがあるって聞いたけど…あれ?』
『説明しても分かる訳が…は?』

ポッポとピジョンが同時に首を傾げた。うわあ、もふりたいかわいい。

「じゃあそこがどっちにあるか分かる?」
『あっちの道を真っ直ぐ行くとそうだけど…言葉が分かるの?』
「みたいだね」
『変なニンゲンだな』
『そんなの聞いたことないよー』

ピジョンの言葉が鋭くて心に刺さる。お別れ前にはポッポを撫でさせてもらった。ピジョンも…と思ったが、空へと逃げられた。残念。
取りあえず把握できたのは、今いるのはなぜかポケモン世界でカントーのマサラタウン付近。それに私がポケモンの言葉が理解できるということだ。世界を渡ってしまった原因はあの声だろうか。
こんな時に冷静に判断できる自分に驚きだ。許容範囲を超えていっそ冷静になったのか。
服を見てみれば、学校の制服とは違って運動にはピッタリな動きやすそうな服だ。首には家にあった宝物のハート型のサファイアのネックレスがかかっていた。これは引き出しにしまっていた気が…。靴はブーツ。腰にはウエストポーチが付いている。それと…

「モンスターボール、か」

これは開けてみてもいいのだろうか。でも中に何かが入ってるかも分からないし…好奇心が騒ぐぜ。開けるしかないな。
アニメを思い出し、真ん中のボタンを押した。光と共に一匹のポケモンが現れた。茶色の毛皮に兎の様に長い耳。胸元にはさわり心地のよさそうな白い毛。ふわふわの尻尾。
ポケモンの中でもアイドル的な扱いをされているへんげポケモン…"イーブイ"だった。

『……』
「……」

え、マジこれ本物?やべ、あったかい本物だ。マジかよ、胸元ふわっふわ。アニメのシゲルこんなに可愛いの肩に乗せてたのズルい。尻尾は触ったら怒られるかな。いやでも、怒られてでも触る価値があるんじゃ『やめろっ』
体中を触られて嫌になったのか手を前足で手を押し返してきた。その行動に動きが止まった。いきなりのことにイーブイが怪訝そうに見上げる。

「かっっわいいいいいいい!!!」
『!!?』

イーブイを感情のまま抱きしめた。なにその精一杯の抵抗!!可愛過ぎ!短い足伸ばして精一杯距離稼ぐとか何?私を殺したいの?抱きしめるともふもふ倍増!このもふっという触り心地だけで幸せ!
『ぐるじ…』とうめき声と共にイーブイの体が動かなくなった。

「え、まさかそんな…」

力を弱めて動かしてもイーブイの体はピクリとも動かない。くたりと首が垂れた。気のせいか体が冷たくなった。息もしていない。
一気に後悔の波が押し寄せる。少しでも力を弱めていれば、イーブイの状態に少しでも早く気付いていれば。もうこんなことを言っても遅い。どんなに後悔を言ってもこの命は帰らない。

「ごめん…ごめんなさい…っ」

言って許されるわけでもないけれど、その言葉を言い続けた。言わずにはいられなかった。
―本当に、ごめんなさい…

『……ゴホッ…勝手に…殺すな…』
「お、生き返った。ゾンビイーブイだ」
『…わざと、か』
「うん、だって心臓動いてたし。なかなか楽しかったでしょ」
『……』

火サスを少しイメージさせていただきました。
イーブイが顔に似合わない冷めた目でこちらを見ている。眉間の皺も酷い。その顔はそんじょそこらの凶悪なポケモンよりも悪い顔をしている。どうしよう、イーブイなのにすげぇ怖い。

「ふ、ふざけてすみませんでした…」

きっかり60度頭を下げると、返事の代わりに深い溜め息を返された。一応許してくれたようだ。

『…お前が馬鹿で加減が出来ない奴ということは良くわかった』
「それってほぼ悪口…」
『ゴホッ…ゴッホ』
「誤魔化しやがった性格悪いぞこいつ」

こんな可愛い見た目じゃなくてもっと凶悪なポケモンに生まれた方がよかったんじゃないんだろうか。私のイーブイ像がバラバラに壊されたけど皆違って皆いいって言葉もある。キニシナイキニシナイ。

『…言葉分かるんだな』
「…今さら?」
『お前が話す暇を与えなかったんだろ』
「スミマセン」

さて、どうしよう。行き先は決まっている。後は向かうだけだ。問題は…この子をどうするかだ。
…何も用事なくやっぱりかわいいなとか思って見ていると『今度来たら噛むぞ』と睨まれた。バイオレンスだこの子。

「君…これからどうしようか」
『お前トレーナーじゃないのか』
「…なってはないかな。ポケモン持ってないし」
『俺を持っていただろ』
「捕まえたってわけじゃないしな…君が自由になりたければその通りにするよ。たしかボールを壊せば自由になれるはず」

地面に落ちていたイーブイのボールを彼に渡す。少しイーブイが驚いた顔をした、気がする。
イーブイはボールをくわえ、私の前にコロンと落とした。

『…好きにすればいい』
「いいの?好きにして」
『この短時間に殺されそうになった』
「そのことは忘れて下さい…」
『馬鹿で無駄にテンション高いし…』
「酷い言われようだ」
『でも、悪い奴ではないと思った。特にしたい事もない…だからお前についていく』
「…よっし!」

ボールを受け取ってイーブイの頭を撫でた。やめろと言うが、無意識なのかゆらゆら尻尾が動いている。素直じゃないなぁ。

「こんな私だけどよろしくね」
『…ああ。大体どんな奴か分かった』
「それでもついてくるとか、物好きめ」
『ついていってあげるんだ』
「なんと上目線」

イーブイが何かを言おうとして、首を傾げた。どうしたかと聞くと名前聞いてないと言われた。…言ってなかったか。

「華音だよ。君に名前はある?」
『ない』
「じゃあ私が直々に可愛い名前を考えて…『ならいらない』…ごめんごめん。イーブイは進化するから正式な名前は後で付けるということで今はブイでいい?」
『構わない』

また尻尾をゆらゆらと振っている。意外と感情を隠すのが下手だ…こんなこと口に出しては言えないな。何か私の思考を読み取ったのか、引っかかれた。悲しい。

「行こっか、ブイ」
『…ああ、そうだな』


出会いが世界を変える
130809


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