※ 偽名=ハナ固定 ※


「場所はここか」

地図通り来て辿り着いた場所はたくさんの檻が置かれていた。中ではすやすやとポケモンが寝ている。中には傷があるポケモンもいて、
紙を握る力が強まって皺が入ってしまった。仲間からも、誰からか分からない舌打ちが聞こえた。

全ての檻を壊してしまおうかな、なんて物騒なことが頭によぎる。

「ねえ、」
「うわあ!」

気配がなかったのに声が聞こえて、大袈裟に驚いてしまった。
いつの間にか後ろには私みたいに全身黒ずくめの人が。深くかぶったフードと長い前髪で目は見えず、透き通った水色の髪だけが見えた。

「ここの担当になった人?」
「はい、ハナです」
「おれもここの担当なんだよろしくー」

差し出された手に答えればぶんぶんと上下に振られた。確かここの担当はいないって、

「おれの存在知らない人多いよー。誰も見ないうちに世話してるから幽霊説まで流れてるし。一人じゃ大変だったし、後輩が出来て良かったー」
「そう言ってもらえると嬉しいです」

『…煩い感じが誰かとそっくり』

…ハイテンションで一人で言いたい事全部喋ってにこにこしてる感じ。そっくりですね…

「早速だけどブラッシングお願いね。起きてる子だけでいいからー」
「わかりました」

と言われたから探してみたけど、時間も時間で昼寝してる子が多い。
どしよっかな。

「この子とかどー?」
『どー?』
「ひっ」

後ろからロコンと一緒に顔を覗き込んできた。二人とも私の反応が満足らしく笑ってる。

「いきなり来るのは心臓に悪いです」
「ごめんごめん」
「気配もあまりないので怖いです」
「そういう体質なんだー。この子頼める?」
『おとこまえにしてー!』
「はい」

膝にのせて毛並みを丁寧に整える。ブラッシングはされてるようで、絡まずさらりと梳ける。

『きもちいー…いつもしてもらうけどもっといたいんだ』
「ブラッシング下手でごめん」

さっきまで遠くにいたのに何で近くにいるの。何か動物というか忍びっぽい。

『ありがときもちよかった!』

ロコンは六つの尻尾をぱたぱた嬉しそうに振って、ほっぺにちゅーをしてどこかに帰った。

「うわああのロコン将来素晴らしいたらしになりそう」
『天然たらしには言われたくない言葉』
『華音も似たようなものでしょう』
『ポケモン相手なら節操なしそうだね』

爽と蘭と霙の黒トリオに言い返したかったけど、負ける気しかしないし、人もいるので聞かなかったことにした。

「仲いーね」
「気に入られたみたいです」

彼はにこにこ笑うだけで、何も言わなかった。

あの後行列が起きて大変だったけどそれも終わり、ご飯も食べさせた。
あと残りは来てから一度も開いていないこの檻の中の子だけ。

「この子はとても臆病。誰も居ない時じゃないと出てこないんだよねー。だけど…君ならきっと大丈夫」

先輩が持っていた鍵で檻を開けた。入口を全開にしても出てこない。奥で背を向けて、耳も前足で押さえて音を遮っている。小さな背中は震えていた。

「イーブイちゃん、ご飯の時間だよー」

ぴくっと耳が立った。耳を押さえていた足を外し、恐る恐る外に顔を覗かせた。

『貴方はいつもの…』

私の知っているイーブイより一回り小さくて。雰囲気とか声もこれこそ女の子っていう声で。
…すっごく愛でたいけど怯えられてもう触れなくなる予感さえする。

…夜もこれぐらい可愛かったらそれはそれは愛情をこめて…
ボールから鋭い視線を感じるのでこのぐらいで。

風穴を開ける勢いでじっと見ていると、こちらに気付いたイーブイちゃんと目が合った。あ、と思った次の瞬間。ぶわっと冷や汗を大量に吹き出して、固まった。
嫌な予感しかしない。私が瞬きをすると瞬時に檻の奥に戻ってしまった。ちゃっかり入口も閉じてある。貴方の中のどこにそんなスピードが隠れているのか。
初めに逆戻り。

『ひひひひひとが』
「…私いない方がよかったのでは」
「この子は人間だけじゃなくてポケモンもダメ。初対面なら特に面白いよー」

この人なかなかのSなのでは。いや可愛いとは激しく思いましたけど。

「慣れるのはおれも1ヶ月かかったけど、君ならきっと」

檻の入口を開け、イーブイちゃんが逃げる前に捕まえ、首根っこを掴んだ。そして無理やり引きずり出した。笑顔ではいと渡してくるので断れず、イーブイを受け取った。
この人一切躊躇いがないよ。ドSだ。

『あわわわわわ』

揺れるイーブイちゃんの体はマナーモードのようだ。
受け取って気付いたけど、体がとても軽い。毛並みも荒れていて、所々に古傷も。
小さな体を抱き締めた。イーブイちゃんはこう着してマナーモードが止まった。
ぽかぽかとぬくもりが伝わる。

「あったかいね」
『…はい』

こんな小さな命が頑張って生きてるとわかっただけでも、来てよかった。
先輩は変わらず笑っていたけど、いつもより少し嬉しそうだった。

「でイーブイちゃん、今日もご飯残さず食べれるよね?」
『……ううう』

この部屋のヒエラルキーの頂点が彼ということがよくわかる一日でした。


ブラッシングを終えたイーブイちゃんは私の膝の上で寝てしまった。

「ずっと気を張ってたから疲れたんだろーね。落ち着いて寝てる時無かったし」

それは最低でも1ヶ月以上普通に寝て無かったということで。撫でる手が止まった。

「長く触ってたら過剰にストレスを与えそうだったし、真面目にブラッシングも出来なかった」
「だから荒れていたんですね」
「それに荒治療だったけど効いたな。見込んだおれの勘は間違ってなかったなー。
この子はこの中で一番の被害に遭ってるから」
「それって…」
「ヒミツ」

彼は立てた人差し指を口に当てて、どこか寂しそうに笑った。

ぴくん、とイーブイちゃんの耳が立った。

『…ん』
「まだ寝てていいよ」
『気配で目が覚めちゃいました。…誰か来ます』

イーブイちゃんは膝から降りて、檻に戻ってしまった。少しさみしい。
そんなに時間の経たないうちにR団の服を着た女性が入ってきた。

「あれ、新しく配属された子?」
「はい、ハナと言います。よろしくお願いします」
「よろしくね。久しぶりに女の子、しかもこんな可愛いが入ってきてくれてうれしいわ」
「有難うございます」
「そうそう、私のズバットが預けられている筈なんだけど」
「はい、待っていてください。先輩、」

後ろを振り向くと誰も居なかった。人が来るまではいたのに。

「どうしたの?」
「いえ、すぐ連れてきますね!」

急かされる前に、今日見かけたズバットのボールを取りに奥に入った。


「――君が来て、何か起こる。でしょ、ハナちゃん…」


兆し
(きっとキミなら)
140803


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