「ふふんふーふん、ふーふふん」

鼻歌を歌いながら人気のない道を進んでいく。
何故こんなに機嫌がいいというと、今乗っている乗り物が原因だ。
なんと、新品ピカピカの自転車だ。空いた時間に例の家で引換券をもらってきていたのだ。いやいや、会長とは有意義な会話をさせてもらった。聞かせると仲間たちから軽蔑されるのは目に見えていたので一人で行きました。ええ、すごく楽しかったです。

百万円という馬鹿げた値段だけあって、商品は一級品だ。スイスイこげる。
ぐんぐん進むので楽しく曲を歌っていたら、あの子のスカートの中あたりで悪寒を感じたので大人しくお馴染みの自転車のテーマを歌っている。

『調子乗ってこのまま迷わないといいがな』

夜の一言に仲間も静かに、私の鼻歌も止まった。

…気持ちスピード下げようかな、
同じ過ちは繰り返さないよう心に誓い、回すスピードを緩めた。

ガサリ、と草木が揺れる音が。

―近くだ。

止まろうとした時、草むらから何かが飛び出した。
いきなり横からやってきたそれを避けられるわけはなく、自転車ごと押し倒されてしまった。

「びっ、くりしたぁ…」

いきなりのことに頭が整理できない。
ええと、私ぐらいの大きさのものが飛びかかるようにやってきて、避けられなくて耐えられるわけもなく、自転車ごと地面に押し倒されてしまった、と。
何故こんなことを。

少し体は痛むが、犯人の顔を見てやろうと体を仰向けにした。

『なあなあ、さっきの何!?びゅーってすっげえ速いスピードで動いてたよな!!』

ぱたぱたと炎の尻尾が揺れる。
キラキラとした目で私を見つめるのは、ひのうまポケモンのポニータだった。

ぽかんとして動かない私に首を傾げる。
そのかわいさに、つい無言で抱きしめてしまった。

『ん?なんだ?』

突然のことに抵抗もせず、したいようにさせてくれる。
あーーーーかわいい。頬ずりしてもくすぐったいといって喜ぶ。ポケモン界には天使がいっぱいだな!
そういえば首に腕を回しているにもかかわらず、ポニータの体の炎は熱くない。とても、温かい。この子の性格を表しているみたいにみえた。
ポニータは警戒心が強いイメージだったが、この子は違ったみたいだ。無いのもどうなのと思うけど、そのお蔭でいい思いが出来てるので今は置いておこう。

「そこの馬、早くのけ」
『…は?』
「邪魔だ」

勝手に出てきた夜がポニータを睨む。夜さん、もっと言い方というものがあるんじゃあ…
夜とポニータの間の空気はどんどん悪くなっていく。

私が二人の険悪な空気にどうしようと混乱しているうちに爽が自転車をのけて腕を引っ張り体を起こしてくれた。礼を言って立ち上がる時には少し体は痛んだけれど、これ位どうってことはないだろう。
自転車も壊れていないか確認すると、本体は壊れておらず少々かすり傷が付いた程度だった。流石百万。
自転車より自分の身を大切にしろと覇剛には叩かれてしまった。夜より力はないけど、さっきこけた人を叩くとは酷くないか。

いつの間にか険悪な空気はなくなっていた。夜がポニータを泣かせたんじゃないかと焦ったけど、そんな姿はなく私を見て、しょんぼりと耳をへにゃりと下げているポニータがいた。

「どうしたの、夜にいじめられた?」
「勝手に罪を被せるな」
『ごめん、オレのせいでこけちゃったんだろ』
「大丈夫だよ、気にしないで。普通に立ってたでしょ」
『…ほんとのほんとにだいじょーぶなんだな?』
「ほんとのほんとのほんとーに大丈夫。次言ったらデコピンね」
『うー…分かった』

納得してくれたようだ。でもそれだけ心配してくれたということだから、嬉しい。
撫でた時の体の炎は変わらず、優しく温かい。

「………」
「自分にはああいうの出来ないからって羨ましいオーラ出過ぎよ」
「覇剛は自分から甘えれないからね」
「うるせー」
「いいよ、覇剛も来る?大歓迎だよ!」
「い、いい!!」

拒否られてしまった。あの可愛かった覇剛は何処へ行ったやら。…顔真っ赤なんで恥ずかしいのばればれだけどね!ああ言っときながら照れ屋なのは定番のツンデレだけどポイント高いよね。

『そーだ!オレあれが気になってぶつかったんだ』

ポニータがきらきらした目で見ているのは、覇剛が支えているさっき乗っていた自転車だ。
ポニータは自転車に近寄り、食い入るように見ている。

「自転車見るの初めて?」
『うん!この辺人もあんま通らねーし、いても皆歩いてるぞ』
「道的にも思い切って自転車をこげるようなところでもないしね」

そんなところを思いっきりこいでたんだからポニータがぶつかってこなくても誰かにぶつかっていたかも。…運が良かったと思おう。

「微笑ましいわね」
「うん、こんな素直に物に、人間に興味を持ってもらえてうれしいよ」
「そうね。それに私にとっては、とても眩しい」

太陽を見るように目を細める。少し上にある蘭の頭を撫でれば、いつもの笑顔を見せてくれた。

『なあ、どうやったらこれからあんなスピードが出んの?』
「普通に乗ってたら出ないぞ、あのスピード」
「恥ずかしいから言わないで…」

新しいものが買えたから、ちょっと、ちょっとテンションが上がってただけだよ。…うん、ちょっと。

「もっと速い乗り物はあるよ」
『まじか!』
「バイク、車、電車、飛行機…特に新幹線はすごいね」
『すげえ!!』
「どれもポケモンには負けると思うけど…聞こえてないか」

見たこともない乗り物たちを想像したのか、目のキラキラは増している。

『そだ。名前は?』
「え、いきなり?私は華音だけど」
『華音な。オレは名前無い。オレを仲間にしてくれ!』

一層炎の尻尾をパタパタさせそう言った。
思い切りが良すぎる。大切な事だろうに、そんな簡単に決めてしまっていいのだろうか。
分かりきっているが一応理由を聞こうと口を開けた時、どこからか聞こえた大きな声に遮られた。


「そこのトレーナー!俺と勝負しろ!」
「なんて間の悪い…」
「何か言ったか!?」
「いいえ、何も」

現れたのは、木の葉塗れの短パン小僧。わざわざ森を通って移動してたのか。

「トレーナーを見つけたら勝負するのが俺の流儀!だから俺とバトルしろ!」
「この子、全く空気読めてないね。僕が相手しようか」
「今の爽に任せたら怖いので大丈夫です…」

若干不満そうに下がった。残りの手持ちは夜、蘭、覇剛。こっちが相手に危害を加えそうかというところも考えてそこでは一番安全そうな覇剛にしよう。
覇剛に声を掛けようと横を向いたとき、少年は予想外の言葉を投げかけてきた。

「相手はその…ポニータだ!」

多分、仲間全員同じことを思っただろう。

―何言ってんだ、コイツ…と


ほぼ全員から殺気を感じる。その気持ちは分からなくもない。

「指名制とか、普通は無いんだけどな。しかも初対面」
「早く黙らせろ」
「はいはい。ってことでポニータ君、頼める」
『バトル初めてだけど、それでもいいなら!』
「うん、よろしく」

広いところに移動して、少年はポケモンを出した。
少年が言った通り、こちらはポニータ。相手はピジョンだ。わざと弱点の相手を選んだというわけでは無いようだ。少し好感が持てた。

それにしても猛禽類は可愛い。ポケモンの鳥ポケモンは猛禽類が多くていい。ヨルノズクしかりムクホークしかり。

「…バトル始まるぞ」

覇剛にも呆れられた視線を向けられだしたが、もう気にしない。

「いくよ、ポニータ」
『まかせろ!』

試合は少年の先行で始まった。

「電光石火!」
「避けて!」
『どわぁ!』

言葉に反応はできたが、バトルに慣れていないこととピジョンの攻撃が早い事が相まってうまく攻撃を避けられず、もろに喰らってしまった。

「ごめん、大丈夫?」
『これぐらい、平気だ!』
「よかった…体当たり!」
「避けろ!」

崩れた体制を直し、すぐ攻撃するが相手は空。ひらりと攻撃をかわし、旋回してポニータにねらいを定める。

「翼をうつだ!」

「…ポニータ」
『お、何だ?』
「思いっきりやってね」
『オレそういうの得意!』
「炎の渦!」

ピジョンを囲うように大きな炎の渦が作られた。瞬く間に大きくなり、それはただの渦ではなく大きな竜巻のようだ。激しさは弱まるどころか勢いは増していく。
普通の炎の渦とは打って変って、相手の体力を大幅に削る大技だった。

…ほんと、ポニータ君には驚かされる。


「…すげえ」

敵の少年からも感嘆の声が漏れていた。
だが、まだ諦めていなかった。ピジョンは大きな声を上げ、炎の竜巻からの脱出に成功した。

「よくやったぞピジョン、反撃だ!…ピジョン!?」

抜け出すのがギリギリだったんだろう。へなへなと地面に倒れてしまった。
ピジョンをボールに戻すと、覚えてろよ!と捨て台詞を残しそそくさと去っていった。忙しないなあ。

『よっしゃぁ!!』
「おわっ!」

不意打ちでポニータが飛びかかって来たので耐え切れず、初めの様に地面に倒れ込んだ。

「いたた…加減してよ…」
『…ごめん』
「いいよ。おめでとう」
『勝てたぜ!すげードキドキしてハラハラして…ちょー楽しかった!!』
「よかったね。私は違う意味でもハラハラしたんだけど…」

ポニータは首を傾げる。木を見上げれば、思った通り。葉っぱが少し焼けていた。燃え移らなくてよかった。自然大好きな爽はバトル中ずっとハラハラしていた。ポニータ君の実力が桁外れですごいことは分かったからこれからは気を付けないと。

テンションの上がったポニータにはぼやきは聞こえていないようで、それに気づいた爽の表情は笑ったまま固まった。誰か助けて。

思っていたような波乱も起きず、ポニータ君にはのいてもらって立ち上がった。
目の前のポニータ君は相変わらず尻尾を振っている。

『なーなー、オレのこと仲間に入れる気になった?』
「もちろん大歓迎だよ。でもできれば理由教えてくれる?」
『理由かあ。オレ、森出たことないんだ!だから外が見たくて。そこに華音が通った。話してみて一緒に行ったら楽しそうだとも思ったんだ!』
「そっか。嬉しい」

そこまで素直に思って口に出してくれると思っていなかったから、こっちが照れてしまう。

「これからよろしくね烈火」
『……』

ポニータは首を傾げて後ろを向いた。

『烈火[レッカ]って誰?』
「こいつ馬鹿だな」
『なんだと!馬鹿っていう方が馬鹿なんだよばーか!』
「…あ?」

また夜との喧嘩が始まった。本当、気が合わないんだな。
笑っていると、ポニーター烈火がえ?え?と、また首を傾げた。

「烈火は君の名前だよ」
『オレの、名前?』
「そう」

へへへと照れくさそうに笑う。尻尾はいつもより多く振られている。
烈火はさっき思いついた名前。あの、激しく燃える炎の渦からきた。

また抱きしめた体はぽかぽかと温かくて、懐かしさを感じた。


交通事故にはご注意
(こういう出会いもあるのです)
140430


prev next

[back]


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -