サント・アンヌ号を後にし、クチバジムにやってきた私達。
早速ジムリーダーであるマチスに挑戦した。弱点を突かれることもなく難なく勝てたのでこの話は割愛させてもらいます。

次の町に向かう道中、手に入れたオレンジバッジを満足するまで眺める。これで三つ目もバッジだ。大切にケースにしまった。
ケースは初めから鞄に入っていたもので、ちょうどいいサイズなのでバッジを保存するのに重宝している。

次の町…シオンタウンに向かうには来た道を戻ってハナダに行かなきゃならない。そのためにまた地下通路を通るのでその前に休憩中だ。
わざわざ回り道をせず地上から行きたいけど、そうもいかない。今、ヤマブキへの立ち入りは禁止されている。

ヤマブキの方角を見る。遠いここからもビルの集団が見えていた。
お月見山での事、ヤマブキの立ち入り禁止。やっぱり、

「ロケット団、だよねぇ」

彼のシナリオ通りと言ったところかな。
ゲーム通りの世界ならロケット団を止めるのはプレイヤーである主人公だ。
私が主人公とは限らない。でも、誰も止める人がいないのなら、

―私が止めなきゃ

そのままにはほっとけない。爽や蘭みたいな人の為にも。
視線をビルから前に戻した。いつの間に手に入っていた力を抜く。無意識だったので力加減できてないし、少し痕になったかもしれない。

「気を付けないとなぁ」
『何を?』
「うおっ!!」

いつの間にかに隣には覇剛がいた。周りに気を配ってなかったから気付けなかった。

「なんでもないよ気にしないで」
『そっか…』

彼と初めて会った時のように長い沈黙が続く。何か言いたいことがあるみたいだ。あの時の様に覇剛が言うまでじっと待った。

『ちょっと、行きたいとこあるんだ…二人で』

歯切れが悪そうに言った。断る理由もない。二つ返事でついていった。
覇剛は森の中に入っていった。皆好きなように過ごしているし、言わなくてもいいかとも思ったけど、今までのように怒られるのは嫌なので近くにいた爽にアイコンタクトして覇剛を追いかけた。

深い森の中を進んでいく。人もポケモンも見かけない、方向も分からないような道を覇剛は迷う事無く進む。それほど時間の経たないうちに彼の足が止まり、目的地に到着した。

そこは小さな洞穴だった。奥は行き止まりのようだ。
誰かが住んでいるのか、地面には一面藁が敷かれていた。
覇剛は山の様に積まれた藁に座った。ぽんぽんと隣を叩いたので隣に座らせてもらった。

覇剛は懐かしげに洞穴の中を見回していた。

『ここは変わらない。そのまま残ってて良かった』

この洞穴は誰かに住まれた形跡はあった。けど、それは過去のことだと言葉から、周りの様子からも分かった。綺麗に整頓されていて使われているようにも見えるけど、ところどころ埃かぶっている。

『ここは母さんと住んでた家なんだ。俺と母さん、二人で住んでた。同じことが続く毎日だったけど、いつも隣には母さんがいて幸せだった。ずっと続けばいいって思ってた。
…でもそうならなかったんだ。

どのくらい前のことかも覚えてない。
母さんが…いなくなった』

絞り出したような声だった。

『どんなことが起こったか、詳しく覚えてない。
ただ、母さんが黒い人たちに連れて行かれたことだけ、覚えてる』

黒い人たち、という言葉だけで決めつけてしまうのは悪いが、十中八九ロケット団の仕業なんだろう。彼らのせいでどれだけのポケモン…人も傷つけられてきたのか。自然と力が入る拳を緩めることはできなかった。

『そこから母さんしかなかった俺には何もなくなって、何もする気がしなくて、何もしないでいた。そのうちどんどん体が動かなくなって、死ぬのかって思った時に華音に出会ったんだ。

初めっから俺はちゃんと華音を見れてなかった。
ときどき母さんと華音が同じに見えて、華音から母さんを見てた』
「…うん、知ってたよ」

なんでも知ってるんだな、と泣きそうな顔で彼は笑った。
覇剛が私に母性を求めていることは初めから気付いていた。あからさまだったし、覇剛のためにわざとそうしていたところもあったから。

『笑った顔とか優しいとことか、あったかさとかそっくりで。
…でも違った。華音は明るくて元気で、チキンだし馬鹿で…変人で、』
「…途中から悪口になってない?」
『…気のせいだ』

ならその沈黙はなんだ。

『初めは華音に母さんを求めてたんだ。でも今なら違うって言える』

俯いていた顔を上げ、私を見上げる。初めて見た、強い目をしていた。初めて会った時とは違う。思いの強さを感じる。
そういえば、覇剛から目を合わせられたのは初めてしかもしれない。

『華音を華音として見れてる。いつの間にかさ、母さん抜きでも大切に思うようになってた。
だからさ、これからは華音は華音としてもっと大切にしたい』

ぱあっと覇剛の体が光り出した。何度も見たことのあるこの光。進化の光だ。
ニドラン♂から姿を変え、ニドリーノへと進化した。
いきなりのことに、覇剛は目をぱちくりとさせている。

『…あ、』
「…おー!!!覇剛進化おめでとっうわぁっ!!」

覇剛は私にぶつかるように抱きついてきた。来るであろう痛みに目を瞑ったが、地面には藁が敷き詰められていたので心配する必要はなかった。ほっと息をついて、目を開くとそこには想像していたものと違う光景が広がっていた。
私に抱きついていたのはニドリーノではなく、紫色の髪の少年だった。

「覇剛、姿が」
「あれ、なんで…でも今はそんなことどうでもいいや。
それに、こっちの方が抱き締めやすい」

ぐっと覇剛の腕の力が強まった。その言葉と行動に、何か顔が熱い。

覇剛が私の手を触った。抱き着く強さとは違う、優しい力で。
何で、と思ったけどそっちの手は覇剛に刺された方の手で。気にしないようにと包帯は外していたけど、小さな傷跡が瘡蓋となって残っていた。

「痛かっただろ、華音は何もしてないのに、刺してごめん」
「そんなに気にしないでよ」
「…優しすぎ、」

覇剛の目から耐え切れなかった涙が溢れた。溜まった涙を指で掬う。掬いきれなかった涙が私の頬に落ちた。

「やっぱり泣き虫だね」
「…うっせ」
「これからも、よろしくね」
「…ん、」



暫く経って、覇剛の涙が止まった。止まってからは赤い目尻を隠すように私の肩に顔をうずめて動かない。
そういえば、ここに来てからここにきてどれくらい時間が過ぎたんだろ。爽に伝えたとはいえ、アイコンタクトだったし、心配させてないといいけど。

「で、話が終わったなら離れたらどう」
「爽」

まさにナイスタイミングというか。私の思考を読んでこの時に出てきたんじゃないかと疑ってしまう。逆光で見えにくいが、威圧感のある声に対して顔は呆れ顔だった。後ろには蘭や夜の姿も見えた。

爽の言葉に顔を上げ、固まった覇剛。顔はどんどん赤く染まっていく。声をかけるとギギギ、と機械のように頭を動かし、目が合った。
途端、人間とは思えないようなスピードで離れ、洞穴の奥まで逃げてしまった。本当はポケモンなので何も間違っていないが、あまりの速さに唖然とした。

近くにいた爽に手を貸してもらい、立ち上がった。お礼を言ってから、逃げてしまった覇剛に話しかける。

「はごうくーん」
「俺は別にやましいことを考えてたわけじゃなくて、さっきのは無意識で俺の意識とは関係無く、って俺は今まであんなに甘えてなんて恥ずかしいことをして、ああああ……」
「ぼそぼそ言ってるけど大丈夫かな、これ」
「大丈夫だよ、早く帰ろう。覇剛、置いてくよ」
「ちょ、本気で置いていくな!」

洞穴から出た私達を追いかけてきた。軽く息を乱しながら、私の隣を歩く。抱き着かれていたから気付かなかったけど、覇剛は仲間の中でも大きい方に入るくらい背が大きかった。少しいらっとしたので肘鉄を喰らわせた。覇剛は不思議な顔をしたが気にしない。


何故か攻撃された脇腹をさすりながら後ろをついていく。体が小さいのに意外と力があって、ジンジンと痛む。

「吹っ切れたみたいだな」

隣には夜を含む、仲間がいた。華音は前をのんびりと歩いていた。

「ああ」
「いい顔してるね」
「ホント、不思議な子」

華音を見守る三人の目は温かい。
こんなに大切に思ったのは母さん以来で。今の俺の華音を見る目はきっと三人と似たような目をしてるんだろう。


母さん、俺、やっとちゃんとした一歩が踏み出せたみたいです。


勇気を出して、一歩
(また一歩、一歩と)
140226


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