治療してからすぐ帰ってこなかったことを怒られて反省し、覇剛を紹介してから一日が過ぎた。
体から包帯も減り、ほぼ怪我は治ったそうだ。ポケモンの治癒力とは恐ろしい。この様子なら明日にも退院できるそうだ。

『…じっとしてるの暇』
「明日まで我慢ね」
『ちぇ』

反対されるのは分かりきっているが、我慢できず言ったみたいだ。
ここは病室…ではなくポケモンセンターで私が宿泊用にとった部屋。この方が便利だろうというジョーイさんの計らいだ。
他の仲間は今部屋にはいない。皆、好きなように時間を潰している。
夜は別室で昼寝中、爽は近くを散歩、蘭はカフェでティータイムと聞いている。今まで街でゆっくりすることもなかったから、休むいい機会だと思う。

部屋の鐘が鳴った。針は三時。おやつの時間だ。

「こんな時間か…何か食べたい物でもある?」
『!林檎!!』
「りょーかい」

あの時すり林檎をあげてから大好物になったみたいで、何がほしいと聞くとほぼ林檎と帰ってくるようになった。林檎ばっかり?とは思うけど、私が影響で好きになったと思うとなかなか嬉しい。

「そう言うと思って、今日はとっておきを用意しました」
『とっておき!?』
「これです!じゃーん」

私が出したのは焼きたてのアップルパイ。林檎が好きな覇剛のためにとさっき焼いてきたのだ。

『甘い香りがする…すっごくうまそう!』

早く、早くと目をキラキラさせ、耳をパタパタ動かす覇剛の口に切り分けておいたアップルパイを一口サイズに切り口に放り込んだ。

『ん、うまい!』
「よかった」

もう一口切り分けて自分の口に運ぶ。焼き立てでサクサクとした生地。林檎のコンポートもうまくできている。思わず頬が緩んだ。覇剛がもう一口、と言うので切り分けると、ドアが開いた。

「ただいま」

帰って来たのは爽だった。おかえり、と言葉を返すと、覇剛も遅れておかえり、と恥ずかしそうに言った。多分、久しぶりに言うんだろう。爽がもう一度ただいま、と返してくれた時には照れくさそうに笑っていた。

「甘い香りがするけど、何の香り?」
「アップルパイだよ。覇剛に作ったんだ」
「美味しそう。もらってもいい?」
「いいよー、待ってね今切り分けるから」
「一口貰うね」

近づいた爽は私の手を掴んで、フォークに刺さっていた一口分をぱくりと食べた。いきなりのことに体が固まった。一連を見ていた覇剛は俺のアップルパイ…と涙目だ。

「うん、思った通り。すごく美味しい。これに合いそうな紅茶を入れてお茶会にしよう」
「そう、だね。いっぱいあるし」
「じゃあ準備してくるね」

爽は部屋を出て行った。静かになった部屋に覇剛は不思議そうに一言漏らした。

『…何でわざわざああしたんだろ』
「…さあ?」

二人とも首を傾げた。もう一度切り分けてアップルパイを一口。口の中でサクサクと音が聞こえる。
あれ、そういえばあれは間接キスになるのでは…
結論を出す前に爽が帰って来たので考えるのを止め、お茶会の準備に取り掛かった。

準備中に帰って来た蘭を含め、お茶会は始まった。カフェ帰りの蘭だがお茶は別腹だそう。
お茶をしながらの会話は弾むもので。アップルパイを食べ終え、ゆっくりお茶を飲んでいると、バン、と大きな音を立てドアが開いた。
悪い予感しかしない。

「あ…夜寝てたんじゃ、」
「ああ、お前らが騒ぐまではな」

鋭い目つきで睨まれ、嫌な汗が体中から流れる。
助けを求めようとしたが、爽と蘭は知らんぷりで紅茶を飲んでいて、覇剛はアップルパイに夢中…なフリをしている。皆見捨てるの早い!助けるそぶりぐらいして!
逃げるが勝ち、と走り出そうとしたが立つ前に夜に肩を押さえられてしまった。バッドエンドしか待ってない。

「逃がすかよ」

今日絶対厄日だ。


関節技を決められ悲鳴を上げてる華音を見ないようにして、アップルパイをかじる。口はべたべたになるけど、そうしてまで食べたい美味しさがある。

「にぎやかでしょう」
『うん、』

何処が歯切れの悪い俺の返事に蘭はちらっと俺を見て、何もなかったかのようにまた紅茶を飲みだした。


にぎやかで、楽しい、それも凄く。あの頃を思い出す。
でも何か違う。それは悪い意味じゃなくて、あの頃と違う何かがあるっていうことで。

『なんだろう…』

頭がパンクしそうだ。とりあえず今は華音の作ってくれたアップルパイを食べることに専念しよう。あったかくて、優しい味がするアップルパイを。


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140211


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