「ひっさしぶりの太陽だ!!!」
ハナダからクチバに繋がる地下通路を抜けだし、久しぶりの空の下。太陽が神々しい。
『たったの30分過ぎのことだろ』
「それでも!」
夜のいうとおり、一時間もない時間だったが、空がない圧迫された空間は何とも言いようのない居心地の悪さがあった。改めて自然は素晴らしいと思うよ。
『あれで暗かったらよかった』
「たしかに夜には太陽は辛いかもね」
モチーフの月から正反対の存在だ。低血圧なところとか夜行性なところはここからきてるんだろう。
『行く方角はこっちであってる?』
「大丈夫、行く方向は確認したし、さっきも看板でちゃんと確認っ!!!」
足元を見ず歩いていたせいで何かがあるのに気付かず、つまづき盛大に転んでしまった。しかも顔面からこけてしまった。話していた仲間たちも気付けば無言。顔上げずらい。
『いつまでそうしてんだ』
「すんません…」
一番強打した鼻を押さえ起き上がる。いつの間にか仲間たち全員が外に出ていた。勝手に出るのは良いけど、その哀れむような視線はやめてもらえないかな。
『擦りむいてはないわね。赤くなってる』
「ありがと、蘭」
ついでに服についていた土も掃ってくれた。傷も出来なかったし、服も破れなくてよかった。
ぱんぱんと短パンの砂埃もはたいて立ち上がった。これぐらい落ちてればいいかな。
「何につまづいたの?石にしては大きかったと思うけど」
『華音、あれ』
爽が指差した先には石というには大きく岩と呼ぶには小さい、色も灰色ではなく紫色の塊。離れてみても大きな耳と角があることからこれが石ではなくポケモンということがすぐわかった。
そう結論すると、すぐポケモンの名前が思い浮かんだ。
見ていても動かないので、恐る恐る近寄る。近づくと気を失っていることが分かった。
思っていたものと間違いない。これは、
「ニドラン♂」
『カントーのポケモンだな』
「うん」
何でここにニドラン♂が…この辺りには出現しないはずだけど、やはりゲームと現実は違うみたいだ。
よく見ると傷だらけの姿だった。起こさないように体をそっと持ち上げた。
「…軽い」
ニドラン♂の体は想像していたものよりずっと軽い。確かニドラン♂の体重は約9kg。しばらく何も食べていないんだろう。ここで行き倒れてしまったのかもしれない。
『早くポケモンセンターに連れて行った方がいいかも』
「うん、急ごう」
傷口に触れないように撫でると、体がピクリと動いた。意識が戻ったのかも。
「大丈夫?痛い?」
返事は帰す気力もないようで、ぼーっと私の顔を見る。
僅かだが、キッと私を見る目がが変わった。
『触ん、な』
「いっ、」
ちくり、と手に鋭い痛みが走った。もう動く力もないようで、暴れることもせずまた気を失った。
「警戒されてるなあ…でもはやくポケモンセンターに連れて行かないと、」
刺された手のひらの傷口から血が垂れる。ニドラン♂に血が付かないように片手に持ち替えた時、抵抗してもびくともしないような強い力で血が出た方の手首が掴まれた。よく見慣れた黒い服の袖に、顔を上げずとも誰かわかってしまった。
「痛いよ、夜」
「…わざとだ」
いつの間に擬人化したんだろう。でも蘭だけが原型なのは気になった。
その謎について考えていると、夜の掴む力が強くなった。
「…蘭、コイツを頼む。爽はコレを」
私からニドラン♂を取り上げ、爽に抱かせた。私は原型の蘭に渡された。
素早い行動に頭が追い付かず、何をしたいんだろうと考えている間に蘭は私を抱き上げた。巷で言うお姫様抱っこ状態だ。
『しっかり掴まっていて』
返事を待たずに蘭は跳びはねた。私を乗せ、ひゅんひゅんと景色が通り過ぎていく。
「二人を置いて行っていいの?」
『…あの二人ならすぐに追いつくわ』
蘭は辛そうに目を伏せた。初めて見る顔だ。私はその表情の意味に気付くことができなかった。
クチバに着き、私を降ろすと即座に擬人化し、怪我をしていない方の手を引きポケモンセンターに入った。
「すみません!この人ニドラン♂に刺されてしまって、ここで解毒できますか?」
「それは大変!着いてきて!」
蘭を残し、ジョーイさんに連れられ、奥の部屋に入った。テキパキと処置を施され、最後に綺麗に包帯を巻いて治療は終わった。
「気をつけて下さい。人間はポケモンほど強くありません。ニドラン♂の棘に指されただけでも運が悪ければ倒れる人もいるんですよ?」
「…はい」
危ないことはわかっていた。それでも私の中では傷だらけのニドラン♂の方が優先度が上だった。心配してくれた皆には申し訳ないけど、行動を間違ったつもりはない。
「あの、ニドラン♂は」
「先程運ばれてきたわ。随分弱っていたわ。原因は怪我より栄養失調みたい。今はぐっすり眠っている」
「そうですか…」
少し肩の荷が下りた。無事でよかった。怪我をしたかいがあるとも思ってしまう。
「…分かり切っていることだけど、あのニドラン♂、あなたのポケモンではないのね?」
「はい、倒れているところを見かけて連れてきました」
「あの辺りは食物も豊富なのになぜああなってしまったのかしら…」
住処が遠いことも含め、人に何かされた可能性が一番高いと思う。
「今ニドラン♂に会う事はできますか?」
「ええ。集中治療室から移動して病室にいるわ。行ってあげてください」
「ありがとうございます」
ジョーイさんに案内された病室は個室で、人用のベッドにニドラン♂が寝ていた。
包帯が巻かれ、傷の治療がされている。寝顔もどことなく落ち着いている。
「…よかった」
二度目に触ったニドラン♂の体には温もりがあった。
夢の中で撫でられてる気がした。
とても温かい、手だった。でもそれは気のせいかと思うぐらい一瞬で。
懐かしいぬくもりだった。夢だったら、思った通りに撫でてくれればいいのに。
ぼやっとそんなことを思ううちに目が覚めた。目の前には空ではなく天井。ここ、どこだ。
働かない頭で気を失う前のことを思い出す。思い出したのは、空とそれより暗い青の髪。
『あの人間が連れてきたのか』
言葉と共に記憶がフラッシュバックする。共にやってくる嫌悪感と絶望感。そしてこの無気力。
あの人間も情とか気にしないで俺を、
『ほっとけばよかったのに』
「ごめんね、そうできなくて」
声に体が跳ねる。開いた扉にはあの人間がいた。
にこにこと笑い、手には何か持っていた。
「隣座るね」
返事を待たず、人間はベッドの側にあった椅子に腰を掛ける。俺は特に威嚇することなく、人間の動きを眺めていた。
「お腹空いてない?ご飯作ってきたの」
人間持っていたものを俺に見せた。…人間のもののことは知らないから、これが何かわからない。ドロッとしていることだけわかる。
「やっぱ知らないか…すり林檎っていうの。はちみつもいれてみたんだ。味見したけどおいしかったし、どう?食べない?」
スプーンに一掬いし俺に近付ける。匂いを嗅ぐと、ほんのり甘い香りがした。
さっきまで全く腹なんて空いていなかったのに、香りに刺激され腹が音を立てた。人間がくすりと笑った。聞こえなかったふりをして、その誘惑に乗って一口食べた。
『…おいしい』
「よかった。まだ食べる?」
『…ん』
しばらく何も食べて無かったせいか、この林檎はすごく美味しく感じた。素直にもう一口貰い、またもう一口。気付けば皿は空になっていた。人間のペースに飲み込まれたせいか、いつの間にか肩の力はぬけてた。そういやこの人間は俺の言葉が分かるんだな、なんてぼーっと考えてた。
食べ終わってからどれぐらい時間がたったんだろう。人間は何処にもいかず、たまに他愛もない話をしては話が終わるとまた黙る、ということを何回も繰り返している。
『…暇なの』
「うーん、することはある…ね」
『じゃあなんでここいんの』
「ほっとけないからかな」
少しも戸惑うこともなく言ってみせた。どんだけストレートなんだよ。
この人間と話していくうちに、失った自分を取り戻しているような気がした。同時に知りたいと思った。
『…あんた何やってんの』
「トレーナーだよ。今ジムを回ってる」
『ふーん…』
そこで会話が終わった。人間も窓の外の景色を眺め始めた。
ここで勇気を出して、聞きたかったことを聞いてみた。
『ねえ、あんたいつまでいるの』
「時間が許す限りかな。君を一人にしたくないというか支えたいというか…言い過ぎたね。迎えが来るまではいるつもりだよ」
その、ぬくもりに、懐かしさを感じた。気付けば涙が流れていた。俺、まだ泣けたんだ。
「よし、よし…」
『…ひくっ』
いきなり泣き出した俺に戸惑う事無く、人間は泣きやむまで撫でてくれた。心地よさに目を閉じる。そうすると撫でているのが” ”の気がして、また涙が流れた。
この人の隣なら、俺は俺として生きていけそうな気がする。
まだ涙は止まっていない目を上げ、この人を見上げる。勇気を振り絞って、言った。
『おれを、一緒に連れてって』
言葉に驚いて手は止まったけど、それは一瞬のことで、笑って、
「いいよ」
と返してくれた。俺は嬉しくて笑った。目にたまった涙が流れた。その涙も拭いてくれた。
「私の名前は華音。貴方に名前はある?」
『ない、けど』
「じゃあこれから君の名前は覇剛[ハゴウ]」
『覇剛?』
「泣きやんだ時からまっすぐな目をしてて、いい瞳だなって思ったの。そこから芯があって強いってイメージでつけた」
『っ、うん、ありがとう…っ』
涙が止まらなくて、泣き虫だなあって言いながら華音も涙を拭くのを止めない。
笑う華音はとてもまぶしかった。
時計の針は動きだす
(貴方を中心にして)
140208
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